わらび餅の巡洋艦日記

おふねの戦術論と性能論についての記事です.

巡洋艦のダメージ交換論

 

1 ダメージ交換論の範囲

 ダメージ交換論は, ダメージの面で優位に立つことが勝利に繋がるというシンプルな考え方を出発点にしています.

 2章ではまず, 状況に応じたダメージ収支の変化を考えます. この状況を作り出すさまざまな要素のなかでも敵艦との距離, つまり交戦距離が話題の中心になります.

 3章では1対1の発砲判断について論じながら, ダメージ交換という観点からみた視界や隠蔽状態の意義について触れます. ダメージ交換論の適用範囲を拡大しつつ, 視界と火力の密接な関係について考えます.

 4章では実戦的な多対多の撃ち合いにおける重要な原理を紹介して, そして形勢の差が戦力の差に発展していく様子を追います.

 本稿の全体を貫くダメージの収支と交戦距離という2つの概念は, 撃ち合いで優位を作るための基礎になる重要な考え方です. 射線がどこからでも通る開けた海域において特に有効なので, 島の少ないマップへの苦手意識を克服する手助けになるかもしれません. 巡洋艦を乗りこなすうえで, ダメージの面で優位に立つという基本原理に則って考えることは立ち回りの幅を広げるきっかけになるはずです.

 

2 ダメージ収支と交戦距離

 ダメージ収支を考えるにあたって, 巡洋艦が変えることのできる条件のなかでもっとも影響の大きいものは敵艦との距離です. 発砲判断では3つの距離, すなわち交戦距離上限, 交戦距離下限, そして隠蔽距離の関係が重要な役割を担います.
この章では発砲判断の具体的な議論に先んじて, 与ダメージと被ダメージの両方が距離に応じてどのように変化するかを考えていきます. 交戦距離の上限と下限が中心的な話題になります.

2.1 相対ダメージ

 砲戦の目的は, 撃沈によって永久的な数的優位を取ることにあります. ダメージそのものではなく, ダメージのHPに対する比率のほうが撃沈の可能性と関係しているはずなので, これを相対ダメージと呼んで重要視します. 戦況を反映する指標というよりも, 艦艇性能をもとにしているため状況に左右されない基礎的な指標と言えます.

2.2 ダメージの質

 相対ダメージはあくまでもフラットな状況でしか役に立たないので, 実戦では状況に応じて修正する必要があります. 分かりやすい例でいえば,瀕死の敵艦に対するダメージは撃沈と結びつきやすく, 反対に終盤でHP満タンの敵艦に対するダメージは撃沈にほとんど結びつかないでしょう. ダメージの質は敵艦の残りHP割合に依存します.
 ダメージの質に関する話題ではありませんが, 質ではなく量そのものが増加する状況の例には応急工作班を使用した直後の敵艦があります. 着火がそのまま火災ダメージの発生につながるためです.

2.3 有効射程(交戦距離上限)

 この章の冒頭で3つの距離について触れましたが, このうち交戦距離上限を決めるのが主砲の有効射程です. 着弾時間が一定秒数を超えると, 敵艦は発砲を確認した後から回避機動を取っても間に合ってしまいます. 性能を読むにあたっては, 対駆逐艦は着弾6秒, 対巡洋艦は8秒, 対戦艦は10秒を目安にするとよいでしょう. ただし, 大和をはじめとするTier10の機動性の低い戦艦に対しては10秒を超えても安定して命中します.

2.3.1 AP弾の有効射程

 AP弾は防郭貫通を狙えるほど十分な貫通力がなければ意味がないので, 有効射程を考えるにあたっては先ほどの着弾時間の制限に加えて貫通力の制限もあります.

2.3.2 Tier9, 10巡における射程UGと装填UGの選択

 (潜在的な)有効射程は主砲の弾道特性で決まりますが, これが素の最大射程を上回っていれば射程UGを考える価値があります. 反対に, 素の最大射程においてさえ十分な命中を期待できない場合は射程UGを取っても役に立ちません.
 少し応用的な話になりますが, 第6スロットについての自分なりの選択を着弾時間の違いに照らし合わせることで, 自分に適した有効射程の秒数を推定することができます.

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Figure 1 主なTier10巡洋艦の最大射程までの着弾時間

2.4 安全圏(交戦距離下限)

 交戦距離下限は, 敵艦の有効射程と自艦の機動性で決まります. 同Tierの戦艦・巡洋艦の秒数ルールをとりあえずの基準にしつつ, 実戦での機動性の感覚で修正していくとよいでしょう. 回避性能を有効射程のように数値化するのはなかなか困難です.

2.5 利得曲線と損失曲線

 利得曲線と損失曲線は, 距離に応じた相対与ダメと相対被ダメの変化を表した概念的なグラフです(Figure 2). 交戦距離下限では回避が間に合うので, 損失曲線が急激に落ち込みます. それと同じ理屈で, 交戦距離上限ではもはや命中が安定しなくなるので利得曲線が急激に落ち込みます. そのほか, 距離に応じて散布界の影響や偏差が増えることの影響で両曲線はゆるい右下がりになります.

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Figure 2 利得曲線・損失曲線の概念図

2.6 性能諸要素で変化する損失と利得

 この節では艦艇性能のさまざまな項目が利得・損失に与える影響を議論しますが, 込みいった話題なので読み飛ばしても構いません.

2.6.1 損失に影響する耐久・装甲防御・回避

 HPのbuffや修理班の追加は耐久を改善しますが, これは損失曲線を全体的に下へ押し下げる効果があります. これは相対ダメージの分母であるHPが増加するためです. 被弾時のダメージを軽減する表面装甲などの防御性能も, 耐久と性質が似ています.
 推力UGや転舵UGなど機動性を改善する要素は, 損失曲線の落ち込みを左へ移します. 交戦距離下限を近距離側に移動させると言い換えることもできます.

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Figure 3 耐久・回避が損失に及ぼす影響
2.6.2 敵対状況下の損失

 短い装填時間・低い転舵性能・悪い射角の3要素のうち2つ以上が絡むと, 回避と射撃の両立が難しいため敵の射撃を受ける状況でのダメージ収支が悪化します. 例えばイギリス戦艦は射角の悪い艦艇が多いものの一方で転舵性能が優遇されており, 先に述べた3要素のなかで1要素のみしか該当しないようにゲーム内性能が設計されています.
 この項は「DPMが等しければ装填の長いほうが有利」という話の根拠になります. ただし, この話には「敵の射撃を受ける状況では」という暗黙の前提があることに注意してください.

 

3 1対1の発砲判断

 発砲判断とは, 発砲すべきかそれとも発砲を止めて隠蔽に戻るべきかをダメージの観点から考えるものです. 隠蔽時の利得と損失がともにゼロであるという仮定を置いて, もっとも単純な1対1の撃ち合いから取り上げます. 視界のダメージ的な価値について議論したのち, 隠蔽状態そのものの価値がゼロではなく正であることを導きます.

3.1 発砲の条件

 隠蔽時には利得と損失がともにゼロになるため, 発砲時の利得と損失を比較すれば十分です. 発砲の条件は0<利得-損失 となります. この条件を満たす状況を艦艇ごとに距離として感覚で把握しておくこと, つまり交戦距離の感覚が重要です.
 敵戦艦が瀕死で撃沈が狙えるなど利得の価値が上がる状況, あるいは終盤でこちらのHPが余っている(つまり被ダメが撃沈に繋がりにくい)など損失の価値が下がる状況などでは, 戦況に応じて判断が発砲側に傾きます.

3.2 視界の意義

 ここで射撃を受ける敵側に立って考えてみると, 収支が負になる不利な交戦を強制されていることになります. この原動力は視界の不均衡にあります. もし視界がなく交戦が成立しなければ互いの収支はゼロになるので, この局面における視界の戦術的な価値は 利得-損失 ということになります. さらに言えば, 味方の収支が負になり発砲できない状況下で敵艦をスポットすることは, ダメージ的には価値がないと結論づけることができます. ダメージ的な視界の意義は, ダメージ優位を顕在化することにあります.
 ここまでは敵艦との撃ち合いに前もってダメージ収支を計算できるという暗黙の前提のもとで話を進めてきましたが, この判断材料を提供しているのはあくまでも視界です. つまり, 視界の価値はダメージ的な観点だけでなく, 隠蔽状態の不確実性に基づく情報的な観点からも考える必要があります. 実戦において重要なのは両者の違いを理解することで, ダメージ的な視界は継続的なスポットを要求する一方で, 情報的な視界は一瞬でも敵をスポットできれば十分で, あるいはスポットできなくても味方の視界範囲外にいるという漠然とした情報でさえも意味を持つことがあります. 情報的な視界が機能する例を挙げると, 敵戦艦の所在がわからずこちらが進撃を躊躇していたときに, 先行する味方駆逐艦の視界範囲に敵戦艦が引っ掛からず既に撤退していたことが判明するというケースがあります. 味方駆逐艦が敵戦艦を直接スポットしなくても, 重要な領域に不在であるという事実だけでも情報的価値をもたらすことができます.

3.3 隠蔽の利得

 3.1では隠蔽時の収支はゼロであると仮定しましたが, これは3.2で述べた情報的価値も含めると必ずしも正しくないことが分かります. 例として戦艦の装填時間の隙を突くちょっとした小技について考えてみます. 敵戦艦が(ほかの味方艦に向けて)発砲した直後に, 隠蔽状態のこちらも1斉射だけ発砲してすぐ隠蔽に戻るという, 戦艦の装填時間よりも巡洋艦の発砲ペナルティーが短いことを利用したものです. この小技はダメージ的に考えればノーリスクで発砲できることになりますが, 実際には情報的な観点から隠蔽状態の利得はゼロではなく正なため, そこまで使うべき場面は多くありません. 占領切りと組み合わせて使うケースが多いです.

 

4 2対1の発砲判断

 実戦の撃ち合いにおいては最も重要な章になります. 発砲判断の基準を1対1の場合と比較しながら, 「味方艦と損失を揃える」という位置取りに関する重要な原則, そして弾受けの意義について触れます. 章の後半では, いかにして数的劣位が出来上がるのかについて時間軸を辿りながら考えます.

4.1 発砲の条件

 自艦は隠蔽であるという前提なため, まず敵艦と味方艦が撃ち合いをしている状況から出発することになります. 敵艦は合理的な照準変更をして(敵からみた)利得を最大化するという仮定のもと, 自艦と味方艦の損失(つまり敵にとっての利得)の大小で場合分けします. もし自艦の損失がもう一方の味方艦の損失を上回る場合, 敵にとってはターゲットを味方艦から自艦へ変更したほうが有利になるため味方全体の損失も増加します.

4.1.1 ターゲットが変わらない場合 自艦の損失<味方艦の損失

 発砲しても損失はまったく増えないので, 判断基準は 0<自艦の利得 となります. 「味方の被射撃艦と等しいリスク(損失)まではタダで取れる」という, 位置取りについての重要な指針を与えます.

4.1.2 ターゲットが変わる場合 自艦の損失>味方艦の損失

 判断基準は 0<自艦の利得-自艦の損失+味方艦の損失 となり, 自分が撃たれなければ味方艦が撃たれるため1対1の場合よりも基準が甘くなります. この不等式はいわゆる弾受けやタンクの価値も表現していて, 肩代わりした味方艦の損失のぶんだけプラスに働きます. 弾受けという役目が機能するためには自艦だけではなく, もうひとつの味方艦の位置がとても重要になります.

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Figure 4 2対1の発砲判断

4.2 多対多を得意とする艦艇の特徴

 2対1の状況といっても, 利得と損失の比較という原則は1対1の場合と変わりません. 多対多を得意とする艦艇の特徴を挙げるとすれば, 自艦の位置取りの自由度が高く, 味方艦の損失にあわせて自艦の損失を調節しやすい艦艇でしょう. この特徴は交戦距離の上限と下限の差, いわば交戦距離の窓が広いと言い換えることもできます.
 ほかにもAP弾特有の姿勢依存性から多対多に適性を持つ, あるいは多対多でないと性能を発揮できないケースがありますが, 今回は触れるだけに留めます. 戦艦や大型巡洋艦などが該当します. 注意すべきは, メインとして使う弾種がHEかAPかで区別する必要があるということです.

4.3 数的劣位の固定化

 先に述べた2対1の特徴は, ランチェスターの二次法則で説明される火力の集中とはまた違った考え方です. 先に述べた発砲判断は瞬間の戦闘力の不均衡に焦点を当てるものですが, 二次法則はこの不均衡が時間とともに成長していく様子を述べたものです.
 そもそも局所的な戦闘力の不均衡, つまり数的劣位が生じる原因として, 機能不全な艦艇の存在があります. すべての艦艇が同じ損失を抱えた状況がダメージ交換的には最適な状態ですが, 情報の不完全性や地形による射線の制約, 艦艇の有限な機動性などの理由でなかなかこれを達成することは困難です. 損失と利得は片方のみを取ることはできませんから, 艦艇ごとの損失が不均一であれば, そのなかに必ず利得または貢献に乏しい艦艇が生まれてしまいます.
 艦艇の機能不全による可逆的な(回復可能な)数的劣位は, 時間経過によるダメージ交換損失と撃沈の発生によって不可逆的な数的劣位へ固定していきます. この時間軸に沿った見方がランチェスター二次法則です.
 射線の管理や適切な撤退によって, 敵の一部の艦艇のみしか交戦に参加しない状況を作り出すことができます. また, 比較的膠着した状態にしか使えない原理ですが, 巡洋艦と戦艦が縦方向のコンパクトさを維持することで, 味方全体の損失のムラを防ぐことができます. 一度は優位に立ったはずの戦線で押し上げが失敗する現象は, 巡洋艦の進撃が速すぎるか戦艦の押し上げが遅れることによって, 縦方向のコンパクトさが失われてしまった結果といえます.

5 最後に

 どの状況でダメージ優位を取れるのかという艦艇性能に関する問題は, いかにして優位な状況を作るのかについて考える立ち回り論と深い関係にあります. この両者を繋ぐのがダメージ交換論の役割と言えるかもしれません. ダメージ交換論と交戦距離論は, 立ち回りについての合理的な説明を与えることができる重要な視点になるはずです. 4章で説明した「味方艦と同じリスクまではタダ」という指針は, 味方戦艦のタンクを無駄にしないために重要な意識になります.
 交戦距離論に隠蔽距離を取り込んで「自衛のための隠蔽」という概念についても論じたかったのですが, まだ考えがまとまっておらず今後の課題とします. また, 距離だけでなく艦艇の姿勢を考慮した形勢論で, いわゆる戦艦がクロスを取る意義とはいかなるものか, そして巡洋艦が戦艦の布陣を崩すにはどういった位置を占めればいいのかについての理解もまた今後深めていきたいと考えています.
 ダメージ交換論という題を冠するには不完全な内容ではありますが, 先に述べたように戦術の更なる理解に繋がる足掛かりとしては十分に役割を果たしてくれると思います.

火災の数理モデル

 

1 はじめに

 火災は確率を伴う現象であるため, 実戦における感覚や実射試験による検証のみでは理解することが難しい. しかし, 確率の数理モデルを利用すれば膨大な試行回数の実験を行うことが可能なだけでなく, 数学的に厳密に解ける場合には無限回の試行に等しい誤差なしの結果を得ることができる.
 榴弾用慣性信管の取得をめぐる議論, 戦艦の火災対策強化の効果など, 様々な問いに答えを出すためには火災ダメージの数値化が鍵を握る. 本稿では確率過程の一種であるマルコフ過程による火災のモデル化を通して, 火災ダメージの定量化とその応用例について解説する.
 まず下記の1.1節を読んで, 興味があれば他の項目を拾い読みするとよい. 本文の構成は多少冗長であるから, 必ずしも最初から順番に読む必要はない. とくに次章(2章)はモデルの理論的な背景を示したもので, 実戦への応用のみに興味がある場合は読む必要はない. 計算過程やモデルのしくみを知りたい方にはお読みいただきたい. 

1.1  特に重要な項目

 本稿のなかでも, 重要な結果を示す「おいしい」項目を以下に示す.

 2.4……巡洋艦の全力射撃は秒間火災率約3%に相当する.
 3.6……火災をダメージに結びつけるために, 秒間火災率は2%以上に保つべし.
 4.2……防災系スキルのなかでも防火は圧倒的な効果を発揮する.
 4.4……巡洋艦の火災ダメージは秒間火災率×2.4 HP程度.
 5.3……戦艦の工作班を切らせるだけで4%HP相当の価値, 着火そのものは8%HP程度の価値しかない.
 5.4……戦艦の火災は艦首尾ならば残り20秒以下, 艦中央ならば残り30秒以下で放置すべし.

 

2 モデルの概要

 本章ではマルコフ過程の性質について触れながら, 火災の数理モデルの概要を説明する.

2.1 マルコフ過程とは

 すごろくを例にとって説明する. すごろくでは, すごろくの盤面の構造, サイコロのそれぞれの目が出る確率, そして現在いるマスさえ知ることができれば, それから未来の出来事すべてを完全に予測することができる. このとき, 現在のマスにたどり着くまでの過去の情報はまったく必要ない. このように, 未来の挙動が現在の状態のみで決定されるという性質をマルコフ性と呼び, この性質を持つ確率過程をマルコフ過程と呼ぶ.
 ここで例えばこのすごろくが特殊なもので, あるマスに「この番で進んだマスの2倍だけ戻る」という指示があったとする. この指示は過去の情報を必要とするので, このすごろくはマルコフ性を満たさない. しかし, 今いるマスのみならず直前の手番で進んだマスの数も一緒に現在の状態として保持すれば, マルコフ性を満たすものとして扱える.
 このように, 現在の情報として扱う状態の範囲をうまく選択することでマルコフ過程は非常に広く応用できる, 強力な数学的ツールである.

2.2 モデル上の仮定

 マルコフ性を満たすべく, またモデルの扱いを簡単にすべく, いくつかの仮定をモデルに導入する. これらの仮定は実際の仕様と異なる.

2.2.1 連続時間

 2.1節で例に挙げたすごろくには手番という概念があり, 時間は一定の刻み幅をもって動いていく. これを離散時間という. これに対して, 今回の火災モデルは, 時間が連続的に経過する連続時間マルコフ過程として扱う. 時間が特定の刻み幅をもたず, 連続な実数値を取れるものと理解しておけばよい. 離散時間モデルとは計算方法など表面的に異なる点もあるが, マルコフ過程としての重要な性質は何ら変わりない.
 連続時間を導入する理由は, パラメータの種類を減らすことにある. 斉射ごとの離散時間モデルを考えると, 斉射時間間隔(装填時間), 斉射弾数, 砲弾火災率の3パラメータを考える必要がある. しかし連続時間として考えれば, これらを統合して秒間火災率という1種類のパラメータのみ扱えば足る.

2.2.2 無記憶性

 ゲーム内の仕様では, 残り火災時間あるいは工作班残り準備時間のカウントダウンが「過去の状態にも依存する」ふるまいに相当する. 単純化のため今回のモデルでは火災数のみをモデルに含み, 残り火災時間はモデルに含まない. モデルは残り時間の情報をもたないので, 例えば火災は残り何秒以下で(工作班消火せず)放置すべきかという問いに答えを出すことはできない. 将来的には消火タイミングの考察にも適用可能なモデルの拡張を考えているものの, 未完成である.

2.3 取り扱う状態とパラメータ

 マルコフ過程を構成する部品としては状態と遷移確率がある. すごろくの例でいえば, 状態はすなわちマスのこと, 遷移確率とは1回の手番でマスAからマスBに移動する確率のことである. すごろくの構造(連結しているマス)およびサイコロの確率が遷移確率に対応する.

2.3.1 状態

 被射撃艦の状態を表現するには2つの要因, 火災数と工作班の状態を考慮すれば十分である.
 火災数については, 火災を1箇所のみしか考慮しない最小のモデルでは2状態(火災0, 火災1), 火災を4箇所考慮した現実に近いモデルでは5状態(火災0 ~ 4), あるいは9状態(火災部位の違いも考慮)の火災を扱うことになる.
 工作班の状態については, 工作班準備中, 準備完了, 動作中の3状態を扱う.

2.3.2 遷移確率に関わるパラメータ

 用意するパラメータは, 火災に関する2種類と工作班に関する2種類の全4種類である.
 火災に関するパラメータは, 時間あたり火災発生確率を表す火災率 f と, 火災時間の逆数である消火率 である.
 工作班に関するパラメータは, 工作班準備時間の逆数である工作班準備率 e と, 工作班動作時間の逆数である工作班終了率 c である.

2.4 秒間火災率の実際の値

 艦艇の基本性能と命中率の統計値から計算すると, おおむね巡洋艦1隻の全門斉射が秒間火災率3%に相当する.

 

3 単純なモデル

 本章では小規模なモデルとして最大1火災モデルの分析を行いながら, 定常状態や定常火災数という概念, そして秒間火災率と分間火災ダメージの定性的な関係性について解説する.

3.1 最大1火災モデル

 手始めに, 最も単純な火災モデルである「最大1火災モデル」について検討する. 扱う状態は3種類, (工作班準備中, 火災0), (工作班準備中, 火災1), (工作班準備完了, 火災0)である. 前提として, 火災が発生している際に工作班が準備完了していればすぐに工作班消火するものとする. 工作班の動作時間は考慮せず, 使用後すぐに準備時間へ移るものとする. 2箇所以上の複数火災と工作班の動作時間を考慮したモデルは4章で扱う.

3.1.1 状態の命名規則

 先頭文字のアルファベットで工作班の状態, そして続く数字で火災数を表す. 工作班の状態はP(準備完了), D(準備中) , A(動作中)で表す. 火災の状態はそのまま火災数の数字で表す. すなわち, 最大1火災モデルの3状態はそれぞれ P0, P1, D0となる. 簡便のため, 本稿ではそれぞれの状態をこの記号を用いて表現する.

3.2 状態遷移図の読み方

 モデルが扱う状態すべてと, 状態間の遷移確率を図にしたものが状態遷移図である(Fig. 1). それぞれの四角が状態を表し, それらを行き来する矢印が遷移速度係数を表す. 今回の連続時間モデルでは遷移確率そのものを扱うことはできない代わりに, 時間あたりの確率の変化を表す遷移速度係数を用いてモデルを表現する. 2.3.2項で説明した4つのパラメータはすべて時間の逆数の次元を持つことに注目されたい. この遷移速度係数に遷移元の状態の確率を掛けたものが, 実際に遷移する速度になる. 例えば遷移元が確率0.2であり, 遷移速度係数が0.02 s-1であれば, 実際の遷移速度は0.004 s-1となる. したがって1秒間で確率0.004が移動することになるが, この遷移元の状態の確率も時間変化するので, 遷移速度もまた時間変化することになる. そこで, 時間積分によって未来の状態確率を求めることになる.

 

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Fig. 1 最大1火災モデルの状態遷移図

3.3 定常状態

 定常状態とは, すべての状態で流入と流出が釣り合って変化が起きなくなった状態である. 火災数についていえば, 秒間火災率という火災を増やす効果と, 工作班と自然消火という火災を減らす効果が釣り合って安定した状態である. 定常状態における火災数をとくに定常火災数と呼ぶ. 本章および次章の分析では, 定常状態が中心的な役割を持つ.
 補足すると, 定常状態は各状態の確率の組として与えられる. 例えば上記のモデル(3.1)で秒間火災率f = 0.02 s-1としたとき, 定常状態は(D0 = 0.27, D1 = 0.43, P0 = 0.30)となる. それぞれの状態の火災数で加重平均を取れば, D0, P0状態は火災0箇所, D1状態は火災1箇所であるから定常火災数は0.43となる.
与える秒間火災率によって定常状態, 定常火災数が変化するので, この関係性を追う.

3.4 定常分間火災ダメージ

 定常火災数に18%HP /minを掛ければ, 定常分間火災ダメージが得られる. ある秒間火災率に晒された艦艇が, 1分間に平均してどの程度の火災ダメージを受けるのかを表した数値といえる.
 少々ややこしい概念であるからさらに説明すると, 定常火災数とは被射撃艦に発生している火災数の平均のようなものである. 例えば定常火災数0.4とは, 被射撃艦が平均0.4箇所の火災に見舞われていることを意味する. これに秒間火災ダメージ係数の0.3%HP /secを乗じて被射撃艦は秒間0.12%HP, 分間に換算すると7.2%HPを火災によって削られることになる.
 なぜ秒間火災ダメージではなく分間火災ダメージを用いたかといえば, 艦艇の性能評価で用いられるDPM(分間最大ダメージ, いわゆる投射量)と同じ時間単位に揃えるためである. この一方で火災率は秒間の値を用いているので, 混乱しないよう注意されたい.
また, 被射撃艦の火災時間(自然消火時間)が変わろうと, 18%HP /minという係数は変わらない. これについては, 火災時間の短縮はすでに定常火災数の減少という効果に織り込み済みであるとして理解されたい.

3.5 火災ダメージ効率

 秒間火災率と定常火災数の関係をFig. 2に示す. ここで右図の縦軸DPM/FPS (火災ダメージ効率)とは, 定常分間火災ダメージを秒間火災率で割ったものである. 撃たれる側の火災被ダメージを考える際にはダメージそのものを扱ったほうが分かりやすいが, 撃つ側の火災与ダメージを考える際には投射した火災率が火災ダメージを生み出す効率を考えるのが便利である. この効率にあたるのがDPM/FPSである.

 

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Fig. 2 部位火災数(最大1火災モデル)

3.6 火災ダメージの非線形

 グラフそのもの(Fig. 2)の話に戻ると, 当然ながら秒間火災率の増加に応じて定常火災数も増加していくことがわかる. しかし, 秒間火災数0.01以下の低火災率領域では少々立ち上がりが遅く, そして秒間火災率が0.04を超える高火災率領域でも定常火災数の伸びが鈍化していく. このように, 秒間火災率と定常火災数ならびに分間火災ダメージは単純な比例関係にない. この非線形性は右図でさらにはっきりと見て取れる.
 低火災率領域では, 火災判定がほとんどダメージに結びつかない. 火災でダメージを出すためにはまず工作班を消火に使わせてからそのうえに着火しなければならないが, この領域では火災率が低すぎるあまり火災判定のほとんどが工作班消火に吸収されてしまい有効な火災まで辿りつかない. 工作班に火災が吸収されるのである.
 また, 高火災率領域ではすでに火災が発生している状態が多くを占めるため, 見かけの火災率が低下する. 火災発生中の艦艇には新たな火災発生判定が行われない仕様のため, 火災に火災が吸収されるのである.
 実戦への応用で特に重要なのが低火災率領域の振る舞いで, この領域では命中率が半減すると火災ダメージは半減どころか1/4程度まで減少する. 艦艇性能は技量差では変えられないので, 火災ダメージを効率よく与えるには一定以上の命中率を保つことが非常に重要である.

 

4 複数火災の導入

 本章ではいよいよ複数火災を考慮した実用的なモデルに取り組む. モデルの根本的な構造は変わらないものの, 既に火災が発生している状態の取り扱いについては様々な注意が必要である. また, この成果を応用して艦長スキル「防火」などの火災対策の効果, そして巡洋艦主砲による火災ダメージの見積もりなど本格的な考察を行う.

4.1 最大4火災モデルに向けた修正

 最大4火災モデルの構築に移る. ここで火災は部位の違いを考慮せずに, 状態として火災数の違いのみ扱う. 部位の違いをも考慮したモデルは5.1節で述べる.

4.1.1 工作班動作時間の考慮

 単純1火災モデル(3.1節)では工作班の動作時間を考慮しなかったが, 本章からは工作班の状態に「動作中」が加わる. したがって, パラメータに新たに工作班終了率 c が加わって計4種類が揃うことになる.

4.1.2 火災率の修正

 2箇所目以降の着火は, 火災率に修正が必要になる. 既に火災が発生している部位には火災発生判定が行われない仕様上, 火災発生部位への命中率を差し引いて計算しなければならない.
 それぞれの火災部位(計4箇所)への命中比率を考慮するにあたって, 以下の2仮定をおく. すなわち, (i)命中比率は前後対称で艦首区画と艦尾区画, 2つの艦中央区画への命中比率はそれぞれ等しく, (ii)艦中央と艦首尾の命中比率はパラメータr(部位命中比)で与えられる.
 実火災率から見かけの火災率へ換算する係数を火災修正係数kと呼ぶ. Table 1に火災修正係数の計算値を示す. 今回のモデルではr = 4を仮定するが, この値は実戦での検証を行っていない.

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Table 1 火災修正係数
4.1.3 消火率の修正

 火災が2箇所以上発生している場合, 火災自然消火の判定はそれぞれの部位に独立に行われるため, 全体の消火判定には火災数だけ倍率が掛かる. 例えば火災発生2箇所の場合, 見かけの消火率が2倍になる.

4.1.4 工作班使用タイミングの仮定

 本章のモデルでは, 工作班が準備完了状態であるならば火災を即消火するものとする. この仮定の妥当性および工作班消火のタイミングについては, 4.5節で検討する.

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Fig. 3 最大4火災モデルの状態遷移図


4.2 火災対策の効果(戦艦)

 Table 2は火災対策の効果をまとめたものである. 第1列には艦艇の国籍と秒間火災率, 第2列には無対策の場合の火災ダメージ効率(3.4節参照), 第3列以降は強化項目ごとの火災ダメージ軽減率を表す. 例えば米戦が秒間火災率3%を受けた際に, 艦長スキル「防火」を取得すれば火災ダメージが0.761倍に軽減される. また, 複数の火災対策を取得した場合は, それぞれの効果が相乗的に重複する. すなわち, 火災ダメージ軽減率は単体の掛け算になる. 国籍を分ける意味は, 工作班の動作時間の違いのみである. 般戦には動作時間15秒の工作班を持つ戦艦が該当する.
 目を引くのは防火の圧倒的な火災減少効果である. 防火の効果(-20%~-25%)は次点の火災時間-20%の効果(-10~-13%)に大きく差をつけている. さらに火災率の上昇に伴う効果の変化について見てみると, 防火は火災率が高いほど火災減少効果が高まる特性がある. 火災の最大発生数を削減する効果によるものである.
 応急工作班改良(工作班動作時間 +40%)は戦艦の国籍に依存した作用があり, とりわけ工作班有効時間の長い米戦は大きな恩恵を受ける. また, 火災率が上昇するほど効果が高まるという防火に似た性質がある. こちらは火災率が高いほど工作班の使用頻度が高く, 恩恵を受ける頻度も上昇するためである.

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Table 2 火災ダメージ軽減率
4.2.1 火災対策の一覧

 Fig. 4に火災対策関連強化の一覧を示す. Tier10艦艇の固有アップグレードは省略した.

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Fig. 4 火災対策の一覧


4.3 防火の効果(大巡)

 Tier9,10に実装されている大型巡洋艦(Alaska, Stalingrad, Yoshinoなど)は火災時間が60秒と冷遇されており, 巡洋艦のなかでは火災ダメージを受けやすくなっている. 火災ダメージにおいて戦艦と巡洋艦の中間に位置するこのカテゴリーでは, 艦長スキル防火はどの程度の価値があるのだろうか.
 Fig. 5に結果を示す. 戦艦の場合は秒間火災率3%にて3.4%HP→2.4%HPの効果があるが, 大巡の場合もそれに匹敵する効果(3.1%HP→2.2%HP)が得られている. ただし, 戦艦と比較して継戦が低いため, 被火災率が同等ならば火災ダメージもそれに応じて小さくなる.

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Fig. 5 防火の効果(大巡)

4.4 巡洋艦主砲の火災ダメージ見積もり

 HEダメージは貫通ダメージと火災ダメージで構成されるが, そのうち火災ダメージの見積もりについて解説する. とはいってもそんな大げさな仕掛けはなく, 艦艇性能から計算した秒間火災率にダメージ効率を乗算すると火災与ダメのHP割合が得られるので, さらに敵艦HPを掛ければ実際のダメージの見積もりができる. Fig. 7に一例を示した. 火災のTier補正とは, 被射撃艦のTierに応じて火災率が割り引かれる仕様上のものである. 今回の計算では射撃艦の火災率に算入して, ひとまとめに扱う. 敵艦HPは代表値としてTier10戦艦の平均値を用いた. この計算式のなかで, 火災モデルから得られたダメージ効率が秒間火災率と分間火災ダメージを結びつける役割を果たしている. ちなみに本例の射撃艦は蔵王である.
 この成果を応用すれば, IFHE取得の損益をダメージ基準で評価できるようになる. ただし, もう一方の榴弾貫通ダメージを評価するために実射試験で測定されたパラメータ(貫通率など)が別途必要になる. この話題についてはいずれ稿を改めて触れたい.

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Fig. 6 火災ダメージ効率(戦艦, 防火あり)

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Fig. 7 火災ダメージの計算例

4.5 工作班消火のタイミング

 4.1.4節では火災を即消火するものとしたが, この仮定を検証する. 工作班を使用するタイミングとして, 1火災で即消火するか2火災まで待つかどちらが火災ダメージを軽減できるのだろうか.
 Fig. 8に示した通り, 2火災消しが有利になるのは極端に火災率が高い状況のみである. ほとんどの状況では火災1消しが有利になると考えてよい. ……が, このモデルでは火災残り時間の違いを考慮していない. つまり火災が残り60秒と30秒と違う状況ならば, 消火の判断も当然変わるはずである. この火災の途中消しを含めた議論は5.4節で改めて述べる.

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Fig. 8 工作班消火のタイミング(戦艦)

 

5 過渡状態の分析

 過渡状態とは, ある初期状態から定常状態に至るまでの変化の過程である. 過渡状態の分析からイベント火災期待数という概念を導入して, 火災消しのタイミングについて考察する.

5.1 最大2部位4火災モデル

 4.1節で検討したモデルに, さらに火災部位の違いを加えたモデルを構築する. 部位命中比の仮定 (4.1.2項)は 前後対称であるから, 火災部位の違いは艦首尾と艦中央の違いのみを考慮すれば十分である. したがって, 火災の状態は防火なしで9種類, 防火ありで6種類になる. 状態を表す記号は, 工作班の英字記号に火災数を艦中央, 艦首尾の順で続ける. 例えば, (工作班準備中, 艦中央1火災, 艦首尾0火災)ならばD10である.

5.2 イベント火災期待数

 工作班消火させることは火災数に換算してどのくらいの価値があるか, という問いに答えを出すべく, 状態間の遷移(イベント)それぞれに火災数に換算した価値を割り振る. この問いではP0(P00)→A0(A00)の遷移で増減する火災数を考えればよい. また, 着火の価値を考えるためにはD00→D10(艦中央火災), D00→D01(艦首尾火災)の遷移を同様に考えればよい.

5.3 工作班潰しと着火の価値

 Fig. 9に工作班潰しと着火の価値を火災ダメージに換算したものを示す. 着火の価値を見てみると, 単純計算によれば火災60秒間で18%HPのダメージが見込めるはずが, 実際のところは着火そのものには半分以下の価値しかないという驚くべき結果が見て取れる. 火災が火災を奪う効果, そしてもともと工作班を奪ってあった味方の貢献を差し引けば, 艦中央であれば額面の40%程度, 艦末端であれば60%ほどしか残らないのである. 火災部位によって差が出ているのは, 火災を奪う負の影響の大きさが違うことによる. 命中の多い艦中央への火災のほうが, 艦首尾より多くの火災を奪う.
また, 工作班を潰す貢献はおおむね4%HP程度の価値があるものの, 低火災率領域では価値が低下する. ここでも火災率を一定以上に保つことの重要性を強調する結果が出ている.

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Fig. 9 左図: 着火の価値 右図: 工作班潰しの価値 (戦艦, 防火あり)

5.4 火災途中消しのタイミング

 前項では工作班を使うことにより増加する火災数(火災ダメージ)を見積もったが, この成果を火災途中消しのタイミングに関する議論へ応用する. 「工作班を消費する損失」と「火災放置による火災ダメージの損失」を比較すれば, どのくらいの火災残り秒数で消火を保留するべきか答えを出すことができる. もちろん, 火災残り時間が短いほど火災放置, 残り時間が長いほど消火に判断が傾く. ただし, 前提として2火災は即時工作班消火するものとする.
 Fig. 10に戦艦の判断基準を示す. 火災の数理モデルを用いれば, 消火のタイミングという複雑な議論を火災率の見積もりという簡単な議論へ帰することができるのである. 2.4節で述べたように巡洋艦1隻の全力射撃が秒間3%の火災率に相当することを参考に, 消火のタイミングを把握すればよい. 艦中央火災のほうが火災を吸収する効果が大きいので, 判断は火災放置に傾く.
 理論的な話をすれば, 本来このモデルでは火災途中消しのタイミングを議論することはできないはずである(2.2.2項でも述べた). 火災途中消しにより火災が減少する効果を取り込んで正確な定常状態および定常火災数を計算することは, このモデルの範疇では難しい. したがってこの判断基準は絶対のものではなく, あくまでも参考である.

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Fig. 10 火災途中消しのタイミング(戦艦)

 

6 結び

 本稿の結果は簡略化を施した数理モデルによるもので, 現実の挙動とは乖離がある. とくに工作班準備および火災のカウントダウンを考慮しないという仮定が現実を正しく反映していないおそれがあり, より正確性の高いモデルで検証しなければならない.
数理モデルを通じた考察は, 実射試験などの検証, 統計データの分析, マスクデータの解析などこれまで提示されてきた手法とはまた違った強みがあり, アイデアひとつで挑戦できる. WoWSに関連した数理モデルの話題が盛んになるきっかけに本稿が少しでも寄与できれば, 望外の喜びである.

6.1 再投稿にあたって(2020/12/20)

  この記事は今年の5/5にpdf形式でアップロードしたものと全く同じ内容になります. 記事を書いたあとにマルコフ性を仮定におくことの妥当性を計算で検証してみましたが, どうやらこの記事では火災を過小評価しているかもしれないとの疑念があります. 

 また, この記事では敵艦にずっと撃たれ続ける状況を仮定していますが, 実戦ではむしろ残り何秒で隠蔽に入れるのでどこまで我慢するかという時間制限付きの問題が大事になります. そちらについても考えてはいますが, この記事を超える結論は未だに出せていません. 

 火災に関する諸問題がすべて解決されたわけではありませんが, それでも火災に関する議論を少し前進させるぐらいの働きは果たしてくれたのかなと思います. 私にとっても1万字に迫る大作を書いたのはこれが初めてて, 執筆だけでも2か月前後, 構想やデータ集めも含めれば3か月を超える期間が必要でした. それだけに, 思い入れの強い記事です.