わらび餅の巡洋艦日記

おふねの戦術論と性能論についての記事です.

回避の性能論的指標

自動車のハンドル操作と艦艇の転舵

 自動車が一定の速度を維持しながら一定のペース(角速度)でハンドルを切り続けたとき, 自動車の軌跡は円弧にはならずクロソイド曲線という幾何学的な曲線で表されます. このクロソイド曲線は高速道路や線路, 変わったところではジェットコースターの設計にも応用されています.
 もしカーブの設計で直線と円弧を直結してしまうと, カーブに入った瞬間ドライバーは急激なハンドル操作を要求されます. 遠心力も不連続になるので, 安全的にも経済的にもよくありません. 直線と円弧をなめらかに接続するための曲線は緩和曲線と総称されていて, クロソイド曲線のほかにも3次放物線(鉄道), 正弦半波長逓減曲線(新幹線)など様々なものが考案されています.
 攻撃性能ではDPM(分間ダメージ), DPS(斉射ダメージ), 着弾時間など様々な性能論的指標が存在しますが, 回避性能の評価はあまり進んでいません. 今回の記事ではクロソイド曲線を手がかりにしながら, 最大速度, 旋回半径, 転舵時間という3つのパラメータを統合した指標を提案します.

即座の転舵が重要

 シミュレーションでは, ①転舵中も艦艇は等速である, ②転舵の途中では曲率半径と時間が反比例の関係にある, この2点の仮定を導入しています. 仮定②が分かりづらいので説明すると, 曲率半径というのはその瞬間の旋回半径のようなものです. 転舵中は旋回半径が時間変化するので, ちょっとややこしい言い方になっています. また, 転舵時間が経過して舵が限界まで切れてしまうと, 艦艇は旋回半径に従って円の軌跡を描きます.
 例として, 推力転舵Chapayevの場合を示します.

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Fig. 1 推力転舵Chapayevの軌跡(黒: 左転舵, 青: 直進. 点は1秒ごと.)

 転舵は針路の垂直方向にしか変位を作ることができず, この点で加減速と対照的です. また, 変位は時間の3乗に比例するため(後述), とにかく撃たれてすぐに舵を切るのが大事です. 敵弾接近警報の有用性がよくわかります. 図中でも時間の経過に応じて変位が急激に変化していることが見て取れます. 今回は推力転舵Chapayevを例にとりましたが, 定性的な傾向はすべての艦艇に共通するものです. 

巡洋艦の回避性能の比較

 クロソイド曲線による近似を応用して, 転舵による回避性能を艦艇の性能パラメータで表現することができます. 計算の説明は後回しにして, まずデータを眺めてみましょう.
 Fig. 2にTier10巡洋艦の実例を示します. 明らかに回避性能に秀でているのはSmolenskとZaoの2隻. 転舵が優勢な右下のグループにはDes Moines, Minotaur, Worcesterなど小回りのきく艦艇が並びます. 加減速が優勢な左上のグループにはVenezia, Henri IVなど強力な機関出力に裏打ちされた高速な巡洋艦が揃います. 左下には大型巡洋艦やGoliathが並び, 回避性能では劣るものの継戦能力で優れる艦艇群です.
 Fig. 3にはTier8巡洋艦のものを示します. 左下に艦艇名が重複していて読みづらくなっていますが, あまりにも多数の艦艇がこの領域に集中しているため諦めました. 個々の艦艇に着目してみれば, Wichitaの群を抜いた転舵性能が目立ちます. MogamiとAtagoを比較したとき, 純粋な機動による回避では前者が勝りますが, 実戦の感覚としてAtagoが劣っている気があまりしないのは被弾時の戦艦砲跳弾可能性と修理班のおかげでしょう. 回避性能と耐久性能は混同されやすい概念です. また, 全体を眺めればTier10巡洋艦と比較して転舵の回避性能が高めです. 

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Fig. 2 Tier10巡洋艦の回避指標

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Fig. 3 Tier8巡洋艦の回避指標

回避性能の計算式

 \displaystyle{PCL=\frac{v^2}{RT}}
 \displaystyle{FP=\frac{P}{mv}}

 転舵の指標PCLは, 転舵開始直後の(針路に対する)垂直変位を表します. また, 加減速の指標FPは減速開始直後の水平変位を表します. vは最大速度, Rは旋回半径, Tは転舵時間, Pは機関出力, m排水量です. FPは最大速における質量あたりの機関推力を表しますが, 力の釣り合いを考えると(質量あたりの)最大抗力にもなるので減速を支配するパラメータでもあります.
 計算にあたってはすべての係数をSI単位に換算して用いています.

【補遺】PCLの理論と導出

2つの仮定

 ①転舵中も艦艇は等速である, ②転舵の途中では曲率半径と時間が反比例の関係にある, この2仮定から艦艇の軌跡はクロソイド曲線で表せます. 仮定を批判的に検討すると, ①転舵時には直進時の8割ほどの速度に低下する, ②舵が限界まで切れるとクロソイド曲線ではなく円弧になる, といったように, 実際の挙動のすべてを反映しているわけではなく簡略化されたモデルです.

クロソイドパラメータの算出と無次元化

 クロソイド曲線では原点からの曲線長Lと曲率半径Rが反比例の関係になり, 両者の積の平方根はクロソイドパラメータと呼ばれます(A^2=RL). 今回は2つのパラメータそれぞれが時間の関数になり, 以下のように表されます. ここで, 混同を避けるためにこれまで旋回半径 Rと呼んでいたものを R _ {min}と表記しています.

 L(t)=vt
\displaystyle{R(t)=\frac{R _ {min} T}t}

 2つとも長さの次元を持ちますが, これをクロソイドパラメータA=\sqrt{vR _ {min} T}で割ることで無次元化します. 無次元化されたパラメータを小文字の l,rで表します. 式で書けば以下のようになります.

\displaystyle{l(t)=\sqrt{\frac{v}{R _ {min} T}} t \cdots(1)}

無次元化されたクロソイド曲線の媒介変数表示

 無次元化されたクロソイド曲線は以下のように媒介変数表示できることが知られています.

\displaystyle{x(l)=\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \cdots(2a)}
\displaystyle{y(l)=\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \cdots(2b)}

マクローリン展開を用いた近似

 三角関数マクローリン展開から, (2a), (2b)を計算していきます.

\displaystyle{cos\theta=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{2i}}{(2i)!}}
\displaystyle{cos\frac{\theta^2}{2}=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{4i}}{2^{2i}(2i)!}}
\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i}(2i)!}\int _ 0^l \theta^{4i}d\theta}
\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i}(4i+1)(2i)!} \theta^{4l+1} \cdots(3a)}
 
\displaystyle{sin\theta=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{2i+1}}{(2i+1)!}}
\displaystyle{sin\frac{\theta^2}{2}=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{4i+2}}{2^{2i+1}(2i+1)!}}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i+1}(2i+1)!}\int _ 0^l \theta^{4i+2}d\theta}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i+1}(4i+3)(2i+1)!} \theta^{4l+3} \cdots(3b)}

 無限和と積分の交換を行いましたが, 厳密な議論を行う際には注意が必要な操作です. ここでは深入りしません.
 具体的に最初の4項を書き下します.

\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq l - \frac{l^5}{40} + \frac{l^9}{3456} - \frac{l^{13}}{599040} + \cdots}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq \frac{l^3}{6} - \frac{l^7}{336} + \frac{l^{11}}{42240} - \frac{l^{15}}{9676800} + \cdots}

変位の計算

 tが十分に小さいこと, つまりlが十分に小さいことを仮定して, (3a), (3b)それぞれからlの最低次の項のみ残します.

\displaystyle{x(l)=\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq l}
\displaystyle{y(l)=\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq \frac{l^{3}}{6}}

 l(1)を代入します.

\displaystyle{x(t) \fallingdotseq \sqrt{\frac{v}{R _ {min}T}} \cdot t}
\displaystyle{y(t) \fallingdotseq \frac{1}{6} {\sqrt{\frac{v}{R _ {min}T}}}^3 \cdot t^3}

 クロソイドパラメータA=\sqrt{vR _ {min} T}を掛けて, 次元を戻します.

\displaystyle{X(t) \fallingdotseq vt}
\displaystyle{Y(t) \fallingdotseq \frac{v^2}{6R _ {min}T} t^3}

 Y(t)から性能とは無関係な部分\frac{1}{6}t^3を除いたものが, PCLです.