交戦形態論素案
1 従来の砲戦論の反省
1.1 交戦の形態
交戦の目的はダメージ優位を取ることであり, この原則は「巡洋艦のダメージ交換論」から変わっていない. ただし, ダメージ優位の基礎となる性能的優位に応じて交戦の形態を以下のように分類する.
火力戦: 遮蔽物の少ない海域において, 火力艦(巡洋艦および戦艦)の数的優位の確立を目的とした中距離砲戦. 交戦距離の優越を基礎に置き, 中距離HE主戦型の巡洋艦が主導する.
機動戦: AP主戦の艦艇が敵動線の側方に位置取ることを目的とした砲戦. 戦艦および中距離AP主戦型の艦艇が主導する.
陣地戦: 陣地占領をめぐる, 占領艦への攻撃を目的とした砲戦. 占領艦への視界を担当する駆逐艦およびレーダー巡洋艦, そして占領艦への砲撃を担当する巡洋艦が主導する.
接近戦: 彼我の隠蔽距離を割り込んだ砲戦. 副砲特化などで接近戦に適性のある戦艦, 近距離型の巡洋艦, 肉薄雷撃が可能な駆逐艦が主導する.
1.2 巡洋艦の3類型
巡洋艦の3類型として, まず戦艦に対して距離の優越が取れるか, 次に同格の巡洋艦に対して隠蔽距離より長い距離から防郭貫通が可能かを問う. 距離の優越がなければ近距離型, 距離の優越があり防郭貫通が可能ならば中距離AP型, 距離の優越があり防郭貫通が不可能ならば中距離HE型に分類する.
ただしAP型とHE型の区別は連続的なものであり, 同格戦艦の防郭すら貫通できるならばほぼ戦艦として, 一部の巡洋艦のみに限られるならばHE型に限りなく近いAP型として振る舞う.
1.3 火力戦偏重の反省
これまで筆者が考えてきた砲戦論では, 交戦距離の優越という性能的優位を軸にした多対多の中距離砲戦が考察の中心だった. 2020年7月の「巡洋艦のダメージ交換論」では発砲判断の一般論に徹したためこの傾向はさほど顕著ではないものの, 2021年5月の「Nevskyにみる火力優勢の作り方」, 2021年10月の「砲戦技術の諸概念」と考察対象が具体的になればなるほど射線の価値を決める諸要素のなかでも交戦距離を判断の基礎に置くようになっていた.
年が改まるにあたってこれまでの砲戦論の振り返りになるような記事を構想していたものの, 執筆を進めるにつれて距離偏重の砲戦論に限界を感じるようになった. 実際この危機感は以前からあり, 「砲戦技術の諸概念」では6章すべてをAP主戦型の艦艇についての考察に割いている. この記事では戦艦射線の重複化という概念によって戦艦の位置的優位を説明しているが, あまりにも複雑な概念であり説明の明快さを欠いていた.
この概念は火力戦の枠を出ておらず, 戦線の乱れが少ない状態, つまり動線側面を取られる危険性がお互いに低い状況にしか適用できない. 乱れが少ないので戦艦が敵側面を捉える状況は敵艦の転舵しかない. この記事で敵艦の転舵の可能性が状況によらず一定として深く考察しなかったのも問題点であり, 簡単な具体例を挙げると, 敵からしてずっと押し続けてこちらを撃沈できるなら転舵して側面を晒す瞬間が存在しないことになる.
従来の議論の問題点は戦艦が巡洋艦と同様の火力戦をもって戦うとしていたことで, 実際には戦艦は機動戦を企てるものの, それを阻止しようとする敵巡洋艦の火力戦に巻き込まれるといった様相のほうが本質的である.
今回の記事でAP主戦艦艇の決定機を2つに絞り, 敵動線の側面という戦略的な観点を付け加えた. 戦艦が能動的に敵側面を捉えにいく”崩し”の機動, それによって生じる戦線の乱れが大きな状況を具体的に扱えるようになった.
2 火力戦
2.1 火力戦の概要
遮蔽物の少ない海域における砲戦であるから攻撃の集中が容易であり, 数的優位が一度生まれてしまえば戦力差は時間とともにどんどん拡大していく. 機動戦において重要である”側面を取る機動”は集中砲火により容易に阻止される.
理論の大部分は「巡洋艦のダメージ交換論」全文および「Nevskyにみる火力優勢の作り方」3章に依拠したもので, これまでの砲戦論の中核を構成するテーマである. 今回の記事では細部の改良および補足に留まる.
2.2 数的優位
交戦可能な火力艦(機能艦艇)の数の合計で上回ること. 数的優位は拡大再生産される(上述). 機能艦艇という概念は「Nevskyにみる火力優勢の作り方」3.1.2項のテーマ.
数的優位は4つの優位(数的, 位置的, 性能的, 技量的)のなかで最も重要であり, 数的優位の考え方が適用できない状況では火力戦論の限界が露呈する. 例えば遮蔽物の多い海域では射線が通らないことがむしろ普通であり, 数的優位が意味を成さなくなる. その場合は多対多というより, 連続する1対1に勝って突破するといった理解のほうが正確.
敵艦よりも多くのHPを保有するという耐久優位を, 今回の記事から数的優位の下位概念として追加する. 撃沈による数的優位の確立に直結するためであり, かつ位置的優位に分類するのもそぐわないためである.
2.3 位置的優位
敵の機能艦艇数を減らすことで, 一時的な数的優位を生み出せる. 特定の敵艦からの射線を味方全体で同時に無効化することを孤立化と呼ぶ. 射線の無効化には3つの方法, 敵有効射程外への離隔, 地形による遮蔽, 姿勢による防御がある. このなかでも火力戦では距離による無効化をもっとも重視する. 遮蔽物が少ないという前提から地形による無効化は期待できず, HEが主役の砲戦では姿勢による無効化も不可能であるためである.
敵にとっての発砲判断という観点から, “敵から射撃を受けている味方艦と等しい損失まではノーリスク”という新たな位置的優位が派生する. 敵にとって射撃目標の変更が発生しないため. 「巡洋艦のダメージ交換論」4章の主題として取り上げた.
2.4 性能的優位
交戦距離の優位が中距離砲戦の駆動力.
2.5 砲機動性の有限性に付け込む戦術
艦艇の砲旋回には時間を要するため, 敵の射界から逃れることで敵の照準変更時にタイムロスを発生させることができる. 装填が完了しているのに発砲できない時間は火力の損失に繋がる. 「砲戦技術の諸概念」6.5節のテーマ.
2.6 視界の意義
火力戦の前提には外部の視界役が存在している. 外部というのは, 砲戦を維持するために必要な要素であるにもかかわらず砲戦の対象とならず, 数的優位の勘定の対象外として仮定されているという意味である. もちろん視界役の隠蔽状態が剥がされれば, 火力戦の延長線にありながら火力戦とは異なる, 陣地戦(後述)に近い形態の交戦が発生する.
視界は劣位にある敵に交戦を強制して, こちらの火力優勢を実際のダメージに結びつけるためにある. 味方が火力劣勢な状況における敵火力への視界は意味がない. 「巡洋艦のダメージ交換論」3.2節で取り上げた.
敵視界への攻撃は, 味方が火力劣勢な状況において敵の視界を遮断するために行う. 敵駆逐艦に対する攻撃, 敵航空機に対する対空砲火が該当する.
目的こそ異なるが, 視界への攻撃について実際の交戦形態は陣地戦と類似する. 陣地戦における占領艦を視界艦(駆逐艦)として読み替えれば成立する.
2.7 島越射撃は数的優位をもたらすか?
島越射撃がもっとも有効なのは射撃目標になっている敵艦(標的艦)が砲撃できない状況であり, 一方的な射線がそのまま数的優位に繋がる.
標的艦が他の目標を砲撃している場合, 地形や煙幕による遮蔽の利得はその射撃を受けている味方艦との差, 狙われずに済んだぶんの利得になる. この場合は標的艦が機能しており, 数的優位は得られない.
2.8 煙幕射撃への対抗策
煙幕射撃も島越射撃と類似しているが, レーダーや煙幕内発砲発見を利用してスポットできる点, 魚雷が有効である点で異なる. いずれの場合でも視界は他の艦艇に依存するため, 視界に対する攻撃で視界の遮断を図ることも有力な狙いである. 射撃艦は遮蔽物や煙幕の位置から動くことができないため, 射程外への離隔で交戦を回避することもできる.
煙幕射撃という特殊に見えるケースも結局のところ射線の無効化, 視界の遮断という火力戦の中心的な概念で分析できる.
3 機動戦
3.1 機動戦の概要
AP主戦の艦艇が敵動線の側面を捉えようと機動する交戦形態. 名称については火力戦の対概念としての機動戦, あるいは戦線の左右方向への機動が重要になるため機動戦とした. もっと適当な呼称があるような気もしているが思いつかない.
敵が突っ込んでくる状況, 敵が撤退できない状況では側面を取る機動が容易になる. いわゆる引き撃ちの強さというものはかなりの部分を機動戦に依っているのだろう. 火力戦のみでは敵の押し上げを止めることができず, だらだらと退くことになる. 「砲戦技術の諸概念」3.4節がまさに火力戦の限界を示している. ただし撤退が必ずしも悪いわけではなく, 占領状況に余裕がない場合に限って撤退が損失になることに注意. 撤退からダメージ優位, そして数的優位を生み出して有効な反撃に移ることができるなら, 撤退も正当化される.
機動戦は対駆逐において機能しない.
3.2 追加された位置的優位
AP弾は防郭貫通により与ダメージが爆発的に増加する. 敵艦の舷側を捉えられる状況について, 戦略及び戦術的な観点から下記のように表現できる.
戦略: 敵の動線の側方あるいは斜め前方を占める.
戦術: 敵艦が押しから引き, 前向きから後ろ向きに転じる瞬間を捉える.
繰り返しになるが, 今回の改善点は戦略的観点からAP主戦艦艇の役割を捉え直したことであり, より本質的かつ簡潔な記述になった.
「砲戦技術の諸概念」では”決定機”という考え方の一例として説明したが, 概念があまりに広義であり理解しづらかった. “AP射線の決定機”として3つの具体例も挙げたが, こちらは枝葉に過ぎない感があり体系性を欠いていた.
4 陣地戦
4.1 陣地戦の概要
陣地占領をめぐる砲戦. 単純な火力優位の形成を目標とする火力戦とは異なり, 占領艦への火力,占領艦への視界が重要になる.
4.2 前衛と後衛
敵占領艦のスポットにはたらく視界役と, 敵占領艦への攻撃を担当する火力役に分ける. 視界役は水上発見の駆逐艦, 特殊視界のレーダー艦, 航空視界の空母が主な例である. 視界役と火力役は兼任することもある.
火力艦は占領艦を射撃可能な前衛と, 射撃不可能な後衛に分かれる. 前衛と後衛の別は艦艇性能だけでなく, 交戦時の位置取りに応じて変化する. 交戦時の具体的な状況ごとに, 敵駆逐を射撃可能かどうか, 有効打を期待できるかどうかで前衛と後衛を区別する.
“前衛と後衛”という概念の着想はびーびー氏の記事「【WoWS】ランダム戦における前衛と後衛の役割と立ち回り」による. こちらの記事において, 前衛および後衛は巡洋艦の性能的な2分類として用いられている.
以下引用.
【前衛と後衛の定義】
“前衛とは戦場で前線に立つ艦艇を指します. 具体的には各国駆逐艦・日米英巡洋艦になります. 後衛とは前線を維持するために火力を投射する艦艇を指します. 具体的には各国戦艦・ソ独仏伊巡洋艦になります. ”
【前衛の役割】
“敵艦艇の全様を偵察し, エリアの占領を行い, 維持をします. 大部分が駆逐艦に依存するため, 駆逐艦が沈まないよう前衛の巡洋艦は可能な限り援護をすることが肝要です. ”
【後衛の役割】
“前衛のスポット情報を元に, 敵艦艇を殲滅するために効果的な配置につき火力を投射しましょう. 敵後衛艦艇との撃ち合いを制するのも重要ですが, 味方前衛の支援こそが最優先になります. ”
以上引用.
4.3 対駆逐砲戦と呼ばない理由
陣地戦を対駆逐砲戦と呼ばない理由は, この呼称であれば1vs1の戦法レベルに留まってしまうため. 実戦では前衛が駆逐を撃とうとするのと同時に, 後衛が前衛を撃とうとする. 対駆逐砲戦という呼び方であれば, 後衛による前衛に対する射撃という観点が抜け落ちる. 交戦形態を分類する目的は, 交戦を個々の艦艇に分解するのではなく, 艦艇の性能的優位に根拠を求めつつ全体をシステムとして捉えるためである.
4.4 火力戦で前衛が存在しない理由
陣地戦において前衛としての役目を担う艦艇の位置取りは, 純粋な火力戦においてはむしろ敵に近すぎて友軍全体の損失の不均衡を招くことで形勢を損ねる. 陣地戦で言うところの前衛と後衛が同じラインを取るのが火力戦の要点で, 特定の弱点を作るべきではない. 本記事2.3節で原則を述べた.
前衛という役割が存在できるのは, 敵駆逐へのダメージさえ出せれば多少の損失は許容できることによる. 標的になる敵駆逐がスポットできなければ陣地戦は成り立たず, もちろん前衛も存在しない. 敵駆逐への視界によって, それまですべて後衛であった火力艦から, 前衛が抽出される.
4.5 適正位置の差異
火力戦における適正位置と陣地戦における適正位置には差異があるため, 明確に形態の違いを意識して配置を変える必要がある. 陣地戦の標的は低耐久かつ隠蔽性に優れる駆逐艦であるから砲戦は短時間に留まり, 開始時の位置取りがそのまま砲戦の優劣に直結する. こちらも砲戦が継続するため交戦しながらの配置換えが容易な火力戦とは明確に異なる点である.
前衛が敵駆逐を撃つための適切な砲戦開始位置に就くには敵後衛に妨害されないことが重要である. 後衛は敵前衛のポジションを脅かすことで陣地戦に貢献でき, 火力戦の段階からすでに陣地戦の前哨戦が生起しているといえる.
4.6 特殊視界(レーダー)による敵前衛の無効化
レーダーによる敵占領艦のスポットは味方駆逐艦を必要としないため, 射撃目標を失った敵前衛は機能不全に陥る. ただしレーダー艦への射撃が成立すれば擬似的な視界戦が成立する.
4.7 火力戦と陣地戦の連続性
後衛の役割は敵前衛による味方占領艦への攻撃を阻止することであり, 立ち回りの原則は火力戦に類似する.
火力戦における視界への攻撃, 陣地戦における後衛による前衛への攻撃は, これら2つの交戦形態が完全には分離できないことを表す好例である. 火力戦と陣地戦は互いを内包している.
5 接近戦
5.1 接近戦の特徴
隠蔽距離を割り込む戦闘は外部の視界役を必要としないほか, 副砲や肉薄雷撃, 体当たりなど中距離とは大きく異なる攻撃手段が存在する.
距離に応じて有効な攻撃方法および彼我の優劣は微妙に変わる. 隠蔽雷撃と副砲射程が最も長く, 肉薄雷撃が続き, 体当たりはゼロ距離に限られる.
5.2 中距離の交戦を回避する方法
耐久に優れた艦艇は中距離砲戦の不利を耐えて, 近距離まで踏み込める. 独戦の副砲特化が一例.
特定の状況で耐久性が跳ね上がる艦艇は, 中距離を飛ばして一気に近距離へ踏み込める可能性がある. 縦からの被弾に強いソ重巡が一例.
耐久性によらず中距離を飛ばして近距離砲戦を発生させる方法は, 視界の無力化(撃沈), 敵視界・射線の遮断(地形の利用)がある. 近距離砲戦を狙うにあたってもっとも厄介な火力戦に対処するにあたって, その前提として機能している外部の視界役を機能不全に陥らせることが鍵である.
5.3 肉薄雷撃
駆逐艦は隠蔽距離が短く, 視界を無効化できる. 被発見から魚雷必中距離までの移動が極めて早いため, 敵駆逐を魚雷発射までに撃沈できない状況では警戒しておく必要がある. 自身の砲の向きや投射量だけでなく, 後続の味方艦や空母が突撃してくる敵駆逐を攻撃できるかどうかにも注意しておく.
6 結び
艦艇性能の解釈にあたって, 基本性能と実戦の形勢判断をつなぐ概念の必要性を感じていた. 主砲, 副砲, 魚雷, 対空砲など性能を項目ごとに比較しても艦艇の性能的な類似性しか理解することができず, 実際の立ち回りにどのように活用すればいいのか, 実戦で性能の強みがどのように発揮されるのかという構想を立てることは困難なままである. これこそ性能データの分かりづらさ, 読みづらさの元凶であろう.
交戦形態として数パターンの理想的な状況を考えることで, 実戦の複雑な状況が4つの基本的な状況に分解されて, 要求される性能も明確になる.
例えば火力戦を志向するならば交戦距離の優越と味方視界役を維持する, 敵視界役を妨害する能力という観点に集約される. ソ軽巡Chapayevは高速6インチ砲と推力転舵で距離の優越を確保して, 隠蔽レーダーで視界戦にも対応するという回答を提示している. 独重巡Hindenburgは対戦艦の火力戦に特化しており, 戦艦50mm表面を抜くHEを優れた投射量で, さらに回数優遇つきの修理班で継続して投射する. 一方で視界戦への対応能力は低めである.
例えば接近戦を志向する艦艇ならば, いかにして中距離砲戦を耐えるか飛ばして近距離まで踏み込めるかが重要である. 最近実装された独戦第2ツリーの回答は, 耐久よりも隠蔽で中距離砲戦を発生させずに, 副砲射程を伸ばして近距離の範囲を中距離側に拡大するというものである. このケースでは隠蔽距離と副砲射程がシナジーを生んでいる. 一方独戦第1ツリーの場合は, 隠蔽ではなく耐久によって中距離砲戦を耐えるという方法を採っている. 伊巡Napoliは排気煙幕により視界を遮断することで中距離を回避する.
砲戦あるいは交戦のターゲットとなる敵艦とその交戦を構成する必要要素を最もコンパクトに提示する交戦形態という概念は, 体系的かつ実用的な性能考察を行う上での枠組みとしてはたらく.
この記事では火力戦を除く他の交戦形態についての考察が明らかに不足しているが, この記事で完成形を示すというよりも新年の抱負に近い意味で記載している. 本年は機動戦, 陣地戦, そして接近戦をより深く理解する概念を拡充していくつもりである.
最後になりますが, VC上で執筆途上の記事の相談に乗っていただいた方々に感謝を, そしてCCとして精力的に活動されながらも意義深い記事を継続的に投稿されているびーびー氏に敬意を表して, 結びと致します.