わらび餅の巡洋艦日記

おふねの戦術論と性能論についての記事です.

【未実装艦艇】十三号型巡洋戦艦の性能予想

本記事に記載される予想性能はゲーム内のものとは無関係です. 

1. 企画の経緯

 事の発端になったじーふぉーさんの日戦ツリー予想記事では, 日本巡洋戦艦ブランチのTier10にいわゆる十三号型ではなく, 46cm砲10門搭載の拡大案が採用されていました. 本人に十三号型を採用しなかった理由を聞いたところ, 十三号型はTier10ツリー艦艇として排水量(HP)が足りなかった, Amagi(Tier8)以降10門艦の流れを作りたかった, 以上の2点とのことでした. 

g4h4ck256.hatenablog.com

 自然な流れで「十三号型をいかにしてTier10に実装するか」という話になり, それなら2人で案を作って比較してみるのはどうかとこの企画が持ち上がりました. じーふぉーさんは和製Ohio, 私の案は和製ThundererとSlavaという構想が性能予想の出発点になっています.

 じーふぉーさんの案は下記の記事をご覧ください. 私の案の基本的な艦艇設計もこちらに倣います. 

g4h4ck256.hatenablog.com

2. 史実の計画経緯

 日露戦争後の日本海軍は「艦齢8年未満の戦艦8隻と巡洋戦艦8隻を主力とする」戦力構想を持っており, その最終計画にあたるのが十三号型巡洋戦艦, あるいは八号艦型です. 天城型の41cm10門から46cm8門へ主砲口径を拡大したうえ, 装甲防御の改善が予定されていました. 全4隻の建造が予定されていたものの, 1921年ワシントン海軍軍縮条約で全艦の建造中止が決定しました. 

3. 実装性能予想

 細かい思考過程は後ほど説明するとして, 性能予想を先に提示します.

 遠距離での引き撃ちに強い460mm砲搭載戦艦というのがメインコンセプトで, ほかに貧弱な耐久やAmagiに似た装甲配置, 消耗品「緊急エンジン出力」を特徴にしています. 高速かつ高精度の460mm砲は同格の戦艦や巡洋艦にとってかなりの脅威になるはずです. 

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表 1. 十三号型の予想性能

4. 基本性能の決定

 未実装艦艇の性能予想では実装Tier, 継戦能力(HP), 速力, そして主砲弾道を真っ先に決めます. HPと速力は実際の艦艇の設計から決まるため性能調整でも動かしづらいこと, そして主砲弾道は艦艇の性格を決定づけることが理由です. 

4.1. 実装Tier

 46cm砲搭載艦艇なのでTier9または10が妥当ですが, この企画の経緯を踏まえてTier10で考えてみます. 

4.2. 継戦能力(HP)

 HPは満載排水量と密接な関係があり, 戦艦は以下の式に従います. ただし今回の十三号艦(以下, 本艦艇)は満載排水量のデータがなく, 常備排水量47,500 tという数値から満載排水量を推定する必要があります. 今回は類似の天城型 (常備41,200 t, 満載47,000 t) から, そのまま比例計算で54,200 tと決めました. HPは75,200になり, Tier10艦艇としては明らかに少ない印象です. 

4.3. 速力

 基本性能そのまま, 30 ktで決まりです. ただし, エンジンブーストなどの消耗品で間接的に変更することもできます. 

4.4. 主砲弾道

 砲弾重量はおおむね1,360kgで決まっていたようですが, 初速には850m/s, 820m/sという2種類の案があり, 今回は後者を採用しました. また, ゲーム内の弾道に影響する2種類のパラメーター, 抗力係数(drag coefficient)とKrupp値は日本戦艦のうちTierが近いYamatoとIzumoの設定値を参考にして, 抗力係数0.3, Krupp値2,574と決めました.

 ちなみに抗力係数が小さいほど砲弾は空気抵抗を受けづらくなるため, 着弾は速く, 貫通力も上昇します. また, Krupp値を上げると貫通力は上昇しますが, 弾道はまったく変わりません.

 下記のサイトで計算した弾道性能を以下に示します. 貫通力は457, 460mmクラスのなかでも比較的高く, 着弾時間もYamatoやShikishimaより速いのは当然として, Republiqueさえも凌ぐ高速弾です. 本艦艇を上回る高速弾を放つTier10戦艦はSlava, そして本実装が間近なSchlieffenのみに限られます.  

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表 2. 代表的なTier10戦艦のAP性能

jcw780.github.io

初速の出典 (平賀デジタルアーカイブ)
820 m/s案, 850 m/s案

4.5. 砲弾ダメージ

 ついでに砲弾ダメージも推定しておきます. 大和より砲弾がやや軽いためHEダメージと火災率は低下します. APダメージも同様に低下しますが, 初速が大きいため低下量はHEに比べて僅かです.

 装填30秒と仮定した場合, 本艦艇の投射量は大和の12%減になり, 門数が減少したぶん火力も低下しています. 詳細な装填時間については, 主砲の他の性能を決めてから考えることにします. 

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表 3. 砲弾ダメージ

 砲弾ダメージは巡洋艦のものを流用していますが, 適用範囲を超えた補外の計算になるためYamatoの砲弾データによって校正しています. いずれ戦艦と巡洋艦を包括した回帰式を計算するつもりなので, そのときに再計算するかもしれません. 

warabi99-wows.hatenablog.com

5. 防御・生存性の決定

 低HP, 高速46cm砲という基本的な方向性が見えてきました. 耐久性についてさらなる情報を得るため, 次は装甲防御について探ってみます.

 計画では概略として舷側12 inch (305 mm), 甲板4.5 inch (114 mm)とされていましたが, 類似の艦艇と比較しながら細部を詰めていきます. 天城型の正当後継なので, 船体内部の装甲配置の特徴は引き継がれると考えるのが自然です. ただしゲーム内のAmagiはWGによる近代化を受けた姿なので, 本艦艇でも計画そのままではなく同様の改修を想定する必要があります. 

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図 1. 天城型および十三号型の装甲配置 (概略図)

5.1. 類似艦艇の装甲配置

 Amagiの旧初期船体にあたるAhitakaは天城就役当時(?)の姿を再現しているはずで, こちらの装甲配置をまず見てみます. 船体中央部の舷側には傾斜がほぼない主装甲254 mm, そして奥には30度外傾した重要区画スロープ70 mmがあります. 甲板は26(表面) + 95(中甲板) + 22/48(弾薬庫)となっていて, 史実でいう甲板3.75 inch (95 mm)というのは2番目の水平装甲を指すようです. 続いて末端部を見ると26 mmはTier相応の最低値ですが, 229 mmの水線部装甲が主装甲を引き継ぐように推進軸を守ります.

 Amagiの舷側装甲はバルジ32 mmが主装甲254 mmを広く覆い, 防郭スロープは95/102 mmに増厚されています. 中央部甲板は32 (表面) + 95(中甲板) + 70/114(防郭), そして艦尾水線部は254 mmです. 改装(?)では舷側主装甲と主甲板は変更されませんが, 船体内部のスロープや防郭甲板防御が改良されています. 特筆すべきは甲板で, 防郭まで合計197 mmにも及ぶ重防御を与えられています. 

5.2. 本艦艇の装甲配置

 本艦艇の舷側防御は32 (バルジ) + 305 (主装甲) + 70 (防郭スロープ, 外傾30度)とします. バルジについてはKiiが船体外部に装備していないため悩ましいところではありますが, 今回はAmagiの性格を引き継ぐことを優先しました.

 防郭は垂直換算451mm程度でTier10相応の防御はあるものの, 舷側305 mmの主装甲を貫通された時点で船体に貫通弾が侵入するため戦艦APに対する防御能力は低めです. 45°まで傾けてようやく舷側実質420 mm程度であり, これでも同格戦艦砲が刺さります. 装甲で受け止めるのではなく防御姿勢で跳弾を狙うのが合理的でしょう. 艦尾水線部まで装甲帯が伸びているのもAmagi同様の強みです.

 甲板は32 (表面) + 114 (中甲板, 舷側主装甲上縁と接続) + 70/114 (防郭, スロープから接続)とします. 舷側主装甲から侵入した砲弾は防郭甲板かスロープに必ず入射することになり, 防郭内部まで届く可能性を減らすことができます. また, 舷側上部からの貫通弾は中甲板114 mmに受け止められて, 防郭への侵入はほとんど不可能です. Ashitakaの場合, 舷側水線部から同様の軌道をたどった砲弾は極めて薄い防郭甲板22mm (機関部)を叩きます. 船体内部の細かい差異に見えますが, 防郭貫通のリスクは雲泥の差です.

 AP爆弾への耐性を決める甲板防御は合計216 mmまで増加していますが, これでも同格のAP爆弾を完全に防ぎ切ることはできません. 舷側主装甲よりも幅の広い甲板防御にこれほどの防御力を求めるのは酷な気もします.  

 次に表面装甲ですが, 今回はAmagiそのままに高Tier戦艦最低値の32 mmを適用します. 重巡および軽巡IFHEのHEが刺さるため, HE耐性は非常に低くなります. かつてIzumoが甲板32 mmから57 mmにbuffされたように, 今回は採用しませんが本艦艇の甲板を57 mmに増加させれば低HPを補う策のひとつになりうるとは思います. 

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表 4. AP爆弾の貫通力 (出典: reddit)

5.3. 修理班(回復)

 生存性の直接的な強化はしない方針なので, 通常仕様の修理班を採用します. Azumaのように準備時間の短い修理班を搭載するアイデアも面白いと思います. 

5.4. 水雷防御

 天城と同水準に設定します. Kiiはバルジがないので水雷防御も低い値に留まっていますが, 本艦艇はAmagi同様に巨大なバルジを装着する予定です. 

6. 主砲性能の完成

 耐久という欠点を補うのではなく, 長所である主砲をさらに伸ばすような方向性を探ってみます. 主砲性能の空欄をすべて埋めます. 

6.1. 主砲精度

 主砲をなるべく強化するという方向性なので高精度散布界を検討するわけですが, 日戦には既に敷島散布というぴったりな実装例があります. 日戦通常よりも9%程度散布界が小さく, 精度はThundererなどのSpee散布界に近いものです. 日戦の垂直散布は特殊な仕様なので, 未だに日戦に実装例のないSpee散布界を採用する際には垂直散布を通常仕様にするか, それともやや劣る日戦仕様にするかという問題が発生します. 敷島散布はもちろん垂直日戦仕様なので, この問題を回避できます. 

 σ値は2.0, Shikishimaにやや劣りますが感覚の差はほとんどないでしょう. 

6.2. 主砲射角

 砲配置が似ている金剛から取ります. 前方30度, 後方33度はAmagi (前37, 後35)より優秀です. 

6.3. 主砲旋回速度

 口径同じく460mm砲ですが3連装砲を搭載したYamatoの砲旋回速度は2度/秒と非常に悪く, 小刻みな転舵で防御姿勢を整えるという本艦艇の巡洋戦艦的特性には合いません. Amagiより若干速く, Izumoと同じ値である4.5度/秒を採用します. Yamatoの3連装よりも軽い連装砲塔はそのぶん速く回ってくれるだろう, というのが言い訳です. 

6.4. 主砲射程

 50口径46cm砲を搭載する次世代の主力戦艦として, 長い管制射程を期待されていたはずです. IzumoとYamatoの中間, 24.15 kmとします. 弾速が優秀なので, この最大射程も有効に活用できそうです. 

6.5. 主砲性能の総合評価

 主砲の4性能といえば弾速, 精度, 投射量, そして跳弾無視ですが, そのうち高速, 高精度, 跳弾無視の三拍子揃った主砲はゲームバランスを破壊する可能性をも秘めていて調整はなかなか難しそうです.

 Thundererが凶悪とされたのも強力なHE弾に由来する姿勢無視のダメージによるもので, 弾速はむしろ遅い程度ですが高精度と疑似的な跳弾無視, そして高いHE投射量の3つが揃っています.

 Slavaがそれなりの評価に収まっているのは高速, (超)高精度と2つだけ揃っていて, 残りの2項目を欠いているためであると推測できます. 散布界は20 km地点で同格の3割減を凌ぐ数値という凄まじいものがありますが, 反対に投射量はTier10最低というひどいものになっています. 

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表 5. Tier10戦艦の主砲性能

6.6. 装填時間(投射量)

 装填は30秒のまま決定します. 投射量不足の分は有り余る弾速と精度でカバーするので強化の必要はなさそうです. 

7. 機動性の決定

 速力は計画で既に決まっているので, 残りの旋回半径と転舵時間, そして速度を強化する消耗品について決めます. 

7.1. 転舵性能

 速力は計画どおり30 kt, 旋回半径はIzumoを参考にしながら旋回半径を若干長めにして910 m, 転舵時間は18.5秒と決めます. 高速のおかげでYamatoよりもかなり動きやすく, Tier10としては平均以上の機動性でしょう. Conqueror, Republiqueに近いです. 

7.2. 速度に関係する消耗品

 低HPを回復や装甲ではなく機動性で補うアイデアから, 消耗品「緊急エンジン出力」を採用します. エンジンブーストよりも効果時間は短いものの30%に達する速力上昇効果が特徴で, 戦場からすばやく離脱して得意の遠距離砲戦に持ち込むという活用方法を想定しています. ただし懸案事項は実装済みの採用例が欧駆のみに限られることで, 戦艦における前例はまったくありません. 

8. 補助兵装性能の決定

 残るは補助兵装, 副砲と対空砲について決めます. 魚雷は搭載しません. 

8.1. 副砲性能

 Amagiは14cm副砲16門に127mm対空砲16門, Kiiは14cm副砲8門に長10cm対空砲16門という構成です. Kiiはおそらく改装時に副砲を減らして対空砲を増設したという設定でしょう.

 本艦艇はKiiに準じる副兵装を採用し,  14cm副砲8門に長10cm対空砲16門です. 射程はTier9, 10通常の仕様ですが, 長10cm砲を中心とした副砲群はDPMが344kとなかなか頼りになりそうです. ただし, そもそも艦艇の耐久が低いので副砲特化との相性はあまりよくなさそうです. 

8.2. 対空砲性能

 長10cm砲は爆発数が非常に多く, 1門あたりDPSも非常に優秀です. 12.7cm連装高角砲を採用した場合, バブル数と長距離継続DPSがおおむね半減します. 以下に高Tier日本大型艦の長距離対空砲データを示します. 本艦艇では爆発数をYoshino, 1基あたり継続DPSは23.8として性能を決めました. 

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表 6. 日本艦艇が搭載する長距離対空砲の性能

 次に機銃についてですが, 日本戦艦の中近距離対空には25mm機銃を中心にしたパターン, 40mm Boforsと25mm機銃の混成で構成されるパターンの2通りがあります. 後者はShikishimaとKiiに限られ, ともに長距離を担当する長10cm砲と組み合わされています.
 40mm Boforsと25mm機銃の違いとしては担当エリア(medium vs near), 対空射程(3.5 km vs 2.5 km), 1門あたりDPS(9.1 vs 3.0)というように, 圧倒的な性能差があります. ただし細かい話になりますが, 40mmを搭載する艦艇の25mm機銃の継続ダメージは若干低め(2.1 – 2.2)に設定されているようです. 

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表 7. 40mm Bofors(日本)の性能

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表 8. 日本艦艇の対空機銃性能

 今回はKiiではなくAmagiの対空性能を引き継ぐ意味で, 25mm機銃を中心に中近距離の対空を構成します. AmagiやIzumoを参考にしつつ, 25mm機銃108門を搭載することにしました. 門数あたりDPSは最大に近い3.01を採用します.

 結果として得られた対空砲のデータを, Tier10戦艦の一覧とともに以下に示します. 爆発ダメージはやや優秀ですが, 継続ダメージは中距離対空を欠いている影響で同格に劣ります. 

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表 9. Tier10戦艦の対空性能

9. 隠蔽性の決定

 本艦艇は長距離砲戦をメインに戦うため, 隠蔽は最後に決めます. もし副砲など近接戦に強みを見出だす艦艇であれば, 副砲や主砲精度と同じ段階で決めてしまうのが分かりやすいと思います.

 高Tierの日本戦艦は素の被発見距離が17.19 – 18.00 kmの狭い範囲に収まり, 艦艇規模の影響はあまり受けないようです. 本艦艇の得意な交戦距離である遠距離では隠蔽距離がダメージ収支に直接影響するわけではありませんが, 不得意な中近距離砲戦を避けるにあたっては隠蔽距離が必要になります. Tier10に不相応なほど船体が小柄であることを考慮すれば多少は高隠蔽に寄せても怒られないはずで, Amagiより5%短い16.41 kmに設定してみます. 最短で12.90 km, 日戦のなかでは優秀な数値です.

 航空発見距離はどうやら船体規模の影響を受ける気配があるので, 11.49 km, 最短で9.03 kmというそれっぽい数値にしておきます.

 煙幕内発砲の発見距離は設定したところで意味がないので飛ばします. 

10. 艦名の決定

 いよいよ未実装艦性能予想の仕上げとして, 艦名の決定に移ります. 本艦艇は巡洋戦艦として建造されており, 前例を踏まえると艦名は山岳名から選ばれるはずです.

 今回はなるべく前例のある艦名から, 天城型と同じく頭文字は「あ」で揃えてみます.

浅間: 長野県と群馬県の境にある活火山. 艦名の前例は装甲巡.
朝日: 北アルプスの北部にある朝日岳から. 艦名の前例は戦艦だが, 日本国の雅名であり山岳名ではない.
赤石: 前例なし. 赤石山脈(南アルプス), またはその中心部に位置する赤石岳から. 
阿蘇: 熊本県の巨大カルデラを伴う活火山から. 前例は装甲巡. 雲龍型空母の艦名予定にも挙がっていた.

 ネームシップは浅間とします. 

出典・参考

 各種データは以下のウェブサイトを参考にしました. 

装甲配置

gamemodels3d.com

弾道

jcw780.github.io

対空砲性能

wowsft.com

艦艇性能 (HP, 副砲, 対空砲など)

wiki.wargaming.net

史実の艦艇性能

iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp

謝辞

 以下の方々にご協力をいただきました. 敬称は省略します. 
じーふぉー(@G4H4CK256): 企画, 史実情報, 装甲配置, 記事の校正など. 
TTaro(@TTaro_): AP航空爆弾の貫通力. 
珊瑚(@Coralsea017): 艦艇名の選定. 

高Tier巡洋艦の主砲を概観する 総論編

1. はじめに

 私が砲弾性能を調べ始めた動機は, 未実装艦艇の性能予想でした. 4年ほど前にとある方が架空艦コンペなるイベントを定期的に開催してくれていて, 私は発表のネタを練るために巡洋艦の主砲性能を片っ端から調べていました. 当時はまだ実装されていなかった超甲巡, 英重巡も題材に挙がった記憶があります.

 このようなケースは珍しいもので, 主砲性能の知識を実戦に活用したいという実用上の観点から興味を持たれる方がほとんどでしょう. この記事を読んだからといって魔法のように性能を覚えられるわけではありませんが, 少なくとも退屈なデータ集めに時間を使わずに済みます. 着弾時間やAP貫通力など, 弾道計算が必要な砲弾性能をこれほどの規模でまとめた記事は珍しいのではないかと思います.

 この記事ではTier8以上の巡洋艦が搭載する主砲を網羅して, 性能の解説を行います. 巡洋艦のツリーそのものの解説は省略しますが, マイナーな艦艇, とりわけツリー外の艦艇については国籍やTierについて括弧書きを加えるつもりです.

 この記事は3部構成です. まず総論として巡洋艦主砲を口径による分類と, 砲弾性能のおおまかな傾向を把握します. 各論では口径およびTierごとに, さらに詳細な性能について紹介します. 補遺として弾道計算の方法や弾道の隠しパラメーター, 砲弾ダメージの回帰計算についても補足する予定です.

 最初に解説文を読むのではなく, 各節の冒頭にある数表や解説図を見てもらうのがよいと思います. 細かい数字を暗記するのではなく, 大まかな傾向を掴みましょう. 性能は攻撃性能と防御性能の噛み合わせで決まるので, 例えばHE貫通力であれば戦艦や巡洋艦の表面装甲, AP貫通力であれば同格巡洋艦の舷側装甲と比べるのが合理的です. また, DPM(分間ダメージ)はダメージレースで競合する同格巡洋艦のDPMが比較対象になります.

 前置きはこのくらいにして, 高Tier巡洋艦の主砲一覧を置いておきます. この記事の存在意義の半分以上はこの表そのものにあります. さすがに項目が多すぎて目が回ると思うので, そのためにこれから数回に分けて解説していきます.

表 1. 高Tier巡搭載砲の一覧

2. 口径に関連するゲームシステム

 この記事では, 主砲を口径に応じて分類しますが, その根拠は口径に関連したゲームシステムにあります. 以下5つの項目について解説します.

表 2. 口径に関連するゲームシステム

2.1. 高Tier巡洋艦の船体表面

表 3. 高Tier巡洋艦の船体表面

 巡洋艦の船体表面は搭載砲の口径に従って決まります. 主砲の話なのに最初に防御の話から入るのは違和感があるかもしれませんが, 次節のHE貫通力の話にさっそく関連するのでとっても重要です.

 軽巡重巡の船体は最低25mmが保証されており両者の差は舷側上部だけ, そして駆逐砲巡は艦末端も中央も明らかに低いと覚えておけば大丈夫です. さらに重要な例外としてソ重巡の中央50mmを抑えておけば十分です. 国籍によって異なるものの, 日本以外の大巡には艦中央の表面になにかしらの優遇があります.

2.2. HE貫通力

 HEの貫通力は口径の1/6を四捨五入した値になり, 貫通力が装甲厚と等しいか上回れば貫通します. 優遇の1/4ルールは独巡, 英234mm砲に適用されます. 英重巡203mm砲は通常の1/6ルールに従うので注意してください. また, 独巡と共通の主砲を搭載する蘭巡には通常の1/6ルールが適用されます.

 軽巡砲には1/6ではなく1/5ルールが適用されますが, これはTier10巡表面30mmの貫通を保証するシステムとして理解するとよいでしょう. 対照的に, 駆逐砲は保証を受けません.

 高Tier戦艦の船体表面最低値である32mmを貫通可能になるのは重巡砲以上であり, 軽巡砲以下が貫通弾を出すためには艦長スキルの榴弾用慣性信管(IFHE)が必要になります. ただし, Mainz(Tier8独巡)が搭載する独150mm砲は1/4ルールの優遇のため32mmを貫通可能です.

 ソ重巡と独戦の表面50mmがもうひとつの目安で, 大巡砲のほかに独203mm砲, 英234mm砲が貫通可能です.

2.3. AP跳弾無視

 口径の1/14.3を下回る装甲に対してはAPの跳弾が発生しないため, 敵艦の姿勢に関係なく貫通弾を与えることができます. 超重巡砲は16mm, 大巡砲は19mm以下に跳弾無視が発生します. 駆逐砲巡および英軽巡が標的の場合に重要で, Henri IV(口径240mm)のAPがMinotaur(英軽巡Tier10)の天敵という話は聞いたことがあるかもしれません.

2.4. 駆逐10%ダメージ

 口径283mm(大巡)以上のAP弾は, 駆逐に対して貫通弾1発のダメージが最大ダメージの10%でキャップされます. 大巡砲に適用される冷遇です.

2.5. 艦長スキル

 主砲口径に応じて効果が変化する艦長スキルが2種類あります.

榴弾: HEおよびSAPのダメージ+10%だが, 口径149mm(軽巡砲)以上で被発見+10%のペナルティー.
徹甲弾: 口径190mm(重巡砲)以上ならば, APダメージ+5%.

3. 口径ごとの基本性能

3.1. 口径ごとの標準的な性能

 米艦艇の搭載砲には通常仕様が適用されているため, 口径に応じた砲弾性能の基準として活用できます.

表 4. アメリ巡洋艦搭載砲の性能

3.2. HEダメージ

 口径で決まり, 砲弾重量の影響はほとんどありません. ただし, 同じ口径ならば砲弾が重いほどダメージが大きくなる傾向はあります. 優遇は日巡および英重巡の一部, 冷遇は独巡です. 英重巡については後ほど別の節で詳しく解説します.

 HEダメージの暫定的な予測式を貼っておきます. いずれ戦艦砲, 駆逐砲も含めた傾向を探ってみるつもりです. もし実装済みの主砲のなかで同じ口径のものがある場合は, そちらを参考に決めたほうがおそらく正確です.

3.3. HE火災率

 口径に応じて決まりますが, 例外があまりにも多いので各論で解説します. 優遇は日巡と英重巡の一部, 冷遇は独巡, ソ巡第2ツリー, 蘭巡です. HEダメージの優遇・冷遇と共通する部分も多くあります.

 未実装砲の火災率を決める際には, 類似した口径から推測するのが合理的だと思います.

3.4. APダメージ

 砲弾重量と初速で厳格に決定されます. 優遇は独巡のみです.

 巡洋艦の例ではないものの, かつてKremlin (Tier10ソ戦)のAPダメージが弱体化を受けた際に砲弾重量も低下していることが確認されています. 砲弾重量および初速とAPダメージの整合性はかなり高いようです.

表 5. KremlinのAP性能 (nerf前後)

 巡洋艦主砲のAPダメージの予測式を貼っておきます. こちらはわりと信用できると考えていますが, いずれ戦艦砲も含めて傾向を探ってみる予定ではあります.

3.5. 弾道性能(AP貫通力, 着弾時間)

 AP貫通力や着弾時間といった弾道性能を決めるパラメーターには公開のものと非公開のものがあり, 前者は口径, 初速, 砲弾重量, 後者は抗力係数, Krupp値が該当します.

 着弾時間は初速の影響を大きく受け, そして砲弾重量(厳密には砲弾断面積あたり重量)が大きいほど砲弾は飛翔中に減速しづらくなります. AP貫通力は着弾時の弾速と砲弾重量(これもまた厳密には砲弾断面積あたり重量)で決まるため, 2つの弾道性能を改善するには主砲口径を拡大するか, 砲身を伸ばすかしかありません. 口径と口径長を変えない限りは, 砲弾重量と初速のトレードオフから逃れることはできません. 砲身長に関して, 巡洋艦砲では50-55口径, 戦艦砲では45-50口径が一般的です.

 しかしながら現実の砲には物理的な制約がかかります. 例えば日本45口径46cm3連装砲を製造するためのインゴットは当時の日本の金属加工技術で限界ギリギリのサイズでした. また, 当然ながら長砲身ほど砲塔重量がかさむため, 排水量とコストの増加につながります.

 砲弾の発射に使用する火薬量を増加させれば初速も改善しますが, 砲身にかかる圧力も増加するため砲の内部に高い負荷がかかります. 耐えられなければ砲身破裂, 耐えたとしても砲身の摩耗がきわめて早く進行します. 実例として, 日本の長10cm砲は65口径の長砲身で1000m/sの高初速を達成した傑作砲ですが, 砲身命数(砲身交換が必要な発射回数)は12.7cm連装高角砲の半分以下に悪化しています. 発射時にかかる圧力は3,050 kg/cm2で, 12.7cm連装高角砲の2,500 kg/cm2 から大きく上昇しています. 巡洋艦砲に話を戻すと日本20.3cmでは3,130 kg/cm2, 最上砲(15.5cm)に至っては3,400 kg/cm2にも及びます. 戦間期における工業力の着実な進歩を感じる数字です.

3.6. おまけ・英巡HEの狂った性能設定

図 1. 英巡主砲HEの経緯

 英巡でHEを射撃可能な砲は234mm砲, 203mm砲, そして152mm砲の3種類ありますが, そのうち後の2つに関しては砲弾重量, 初速, そして弾道性能が全く一致しているにも関わらずHEダメージの異なる2種類の主砲が存在します.

 英巡のなかで最初にHE弾を搭載したのは2015年4月に実装されたBelfast (Tier7)で, 火災率の冷遇が特徴でした. 1か月後に実装されたPerth (Tier6, 英連邦)もまったく同じ性能が設定されていました.

 その後しばらく空いて2019年2月に初の英重巡であるExeter (Tier5)が通常仕様の重巡砲HEとして実装され, このとき未実装である英重巡ツリーにもこの通常仕様が引き継がれるものと期待されました. しかし1年後の2020年2月に実装された英重巡ツリーは日巡並みのHE優遇を受けており, ここで英重巡砲のまったく同じ砲弾に2種類のHEダメージが存在する事態になりました. なお, ツリーと同時実装されたLondon (Tier6)は通常仕様, なぜか律儀にExeterの性格を引き継いでいます.

 2020年11月のBelfast’43 (Tier8)実装でついに英軽巡砲にも性能のダブルスタンダードが発生します. この砲は従来の軽巡砲から火災率の冷遇を引き継ぎつつ, 英重巡譲りのHEダメージ優遇も同時に受けるという奇妙な事態に陥っています.

 ゲームクライアント内には英軽巡ツリーに実装されるはずだったHE弾のデータが残っているようで, そちらでも英軽巡(非防空巡)のHEは2,100 (9%), Belfast砲と同じ性能が設定されています. また, 現在のバージョンではHEを射撃可能な艦艇が存在しない英防空巡152mm砲ですが, HEは2,200 (11%)と通常仕様に近いものになっています. この情報はじーふぉーさん(twitter: @G4H4CK256)に頂きました.

表 6. 未実装英軽巡HEの性能

 5年前に出ていた, Minotaurの性能リーク記事のリンクも貼っておきます. HE性能の記載があります.
thedailybounce.net

4. さいごに

 記述の誤りがあれば, twitter(@warabi99_wows)までお願いします.

転舵回避の汎用的解法

過去の記事では転舵回避の変位についてクロソイド曲線のフレネル積分を利用して導出したが, 今回は変位の時間に関するべき展開を仮定して同様の問題を解く. この解法は前回のそれよりも汎用性が高く, 減速転舵などのさらに複雑な挙動を示す回避まで適用範囲を広げうる可能性がある.

前回の記事:
warabi99-wows.hatenablog.com


艦艇の速力を  v _ {max} , 旋回半径を  R , 転舵時間を  T とおく.
艦艇の速度ベクトルを  \mathbf v _ {(t)} = \begin{pmatrix}
v _ {x(t)}\\
v _ {y(t)}
\end{pmatrix} とすれば, 旋回度  \omega t をもとに以下の式が成り立つ.

 \displaystyle
\mathbf v _ {(t + dt)} = 
\begin{pmatrix}
cos(\omega t \cdot dt) & sin(\omega t \cdot dt)\\
{-} sin(\omega t \cdot dt) & cos(\omega t \cdot dt)
\end{pmatrix}
\mathbf v _ {(t)} \quad \cdots (1)

ただし旋回度  \omega t とは時間あたり速度ベクトルの角度変化であり, 

 \displaystyle
 \omega t = {\displaystyle\frac{v _ {max} } {RT}} t
として表される.
舵が切れていくのに対応して, 旋回度は時間の一次関数になる.  


(1)式を変形して,  \mathbf v _ {(t)} についての時間微分を導く.

 \displaystyle
\mathbf v _ {(t + dt)} - \mathbf v _ {(t)} = 
\begin{pmatrix}
cos(\omega t \cdot dt) - 1 & sin(\omega t \cdot dt)\\
{-} sin(\omega t \cdot dt) & cos(\omega t \cdot dt) - 1
\end{pmatrix}
\mathbf v _ {(t)}

 \displaystyle
\lim _ {dt \to 0} \frac{\mathbf v _ {(t + dt)} - \mathbf v _ {(t)}} {dt} = \lim _ {dt \to 0}
\begin{pmatrix}
cos(\omega t \cdot dt) - 1 & sin(\omega t \cdot dt)\\
{-} sin(\omega t \cdot dt) & cos(\omega t \cdot dt) - 1
\end{pmatrix}
\mathbf v _ {(t)}

 \displaystyle
\frac{d}{dt} \mathbf v _ {(t)} = 
\begin{pmatrix}
0 & \omega t\\
{-} \omega t & 0
\end{pmatrix}
\mathbf v _ {(t)} \quad \cdots (2)


ここで, 速度ベクトル  \mathbf v _ {(t)} が以下のように時間  t のべき級数で表せると仮定する.  

 \displaystyle
\mathbf v _ {(t)} = \sum _ {i=0} ^ {\infty} \frac { \mathbf u _ {i} } {i!} t ^ {i}
\quad \cdots (3)
 \mathbf u _ {i}とは2つの成分を持つベクトルであり, それぞれが  v _ {x},  v _ {y} t に関して  i 次の係数に対応する.
(3)式の時間微分を考えて, ここから係数  \mathbf u _ {i} を導く手がかりを得る.
 \displaystyle
\frac {d} {dt} \mathbf v _ {(t)} =  \sum _ {i=1} ^ {\infty} \frac { \mathbf u _ {i} } {i!} \cdot i \cdot t ^ {i - 1}
 \displaystyle
\frac {d} {dt} \mathbf v _ {(t)} =  \sum _ {i=0} ^ {\infty} \frac { \mathbf u _ {i+1} } {i!} t ^ {i}
\quad \cdots (4)


以下のように,  \frac {d} {dt} \mathbf v _ {(t)} が時間  t に関する1次式  \mathbf A t と速度ベクトル  \mathbf v _ {(t)} の積で表される場合を考える.

 \displaystyle
\frac {d} {dt} \mathbf v _ {(t)} = \mathbf A t \cdot \mathbf v _ {(t)}
\quad \cdots (5)
(3), (4)および(5)式から係数 \mathbf u _ {i} の漸化式を得る.
 \displaystyle
\mathbf A t \sum _ {i=0} ^ {\infty} \frac { \mathbf u _ {i} } {i!} t ^ {i} =  \sum _ {i=0} ^ {\infty} \frac { \mathbf u _ {i+1} } {i!} t ^ {i}
上式を  t の次数ごとに整理して,  0 \leq i なる  i について
 \displaystyle
\mathbf u _ {i+2} = i \cdot \mathbf A \cdot \mathbf u _ {i}
\quad \cdots (6)
を得る.


まず初期条件を  \mathbf v _ {(t=0)} = \begin{pmatrix}
v _ {max}\\
0
\end{pmatrix} とすれば, (3)式から  \mathbf u _ {0} がそのまま得られる.

 \displaystyle
\mathbf u _ {0} = \begin{pmatrix}
v _ {max}\\
0
\end{pmatrix}
また(2)式をみれば  \mathbf v ^ {\prime} _ {(t=0)} = \mathbf 0 であるから, (4)式より
 \displaystyle
\mathbf u _ {1} = \begin{pmatrix}
0\\
0
\end{pmatrix}
である.
これらの初期条件と \mathbf A = \begin{pmatrix}
0 & \omega \\
{-} \omega & 0
\end{pmatrix} および(6)式から,  0 \leq i なる  i について以下の展開を得る.
 \displaystyle
\mathbf u _ {2i + 2} = (2i+1) \cdot \begin{pmatrix} 0 & \omega \\ {-} \omega & 0 \end{pmatrix} \cdot \mathbf u _ {2i}
 \displaystyle
\mathbf u _ {2i + 4} = (2i+3) \cdot \begin{pmatrix} 0 & \omega \\ {-} \omega & 0 \end{pmatrix} \cdot \mathbf u _ {2i+2}
 = (2i + 3) \cdot (2i+1) \cdot \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ {-} 0 & 1 \end{pmatrix} \cdot ({-} \omega ^ {2}) \cdot \mathbf u _ {2i}
\quad \cdots (7)
ただし,  u _ {i} i が偶数の項しか値を持たない.

(7)式から,  \mathbf v _ {(t)} = \begin{pmatrix} v _ {x(t)}\\ v _ {y(t)} \end{pmatrix} の展開は以下のように求まる.

 \displaystyle
v _ {x} = v _ {max}  \sum _ {i=0} ^ {\infty} \Biggr\lbrace \frac {(4i-1)!!} {(4i)!} \cdot ({-} \omega ^ {2}) ^ {i} \cdot t ^ {4i} \Biggr\rbrace
 \displaystyle
v _ {y} = v _ {max}  \sum _ {i=0} ^ {\infty} \Biggr\lbrace \frac {(4i+1)!!} {(4i+2)!} \cdot ({-} \omega) ({-} \omega ^ {2})  ^ {i} \cdot t ^ {4i+2} \Biggr\rbrace
これらを時間で積分すれば, 過去稿と同様の結果が得られる.

砲戦技術の諸概念

 

1. 序論:なぜ撃ち合いで損をするのか

 与ダメージが被ダメージを上回る状況に限って砲戦を行えば決して撃ち負けることはなく、劣勢に陥ることもありません。しかし現実の戦場で勝者と敗者が存在する以上、そこでは必ず収支が負の撃ち合いが起こっているはずです。損な撃ち合いが発生する原因について、そしてその対策について考えることは、ダメージ交換を軸に据えて戦術を組み立てるうえでの自然な出発点となります。

 被発見の継続:隠蔽に逃れるという選択肢が消滅するため、損な撃ち合いを避けることができなくなります。地形を利用した射線の遮断や敵の有効射程からの脱出、そして敵の視界役に対する攻撃が対策になります。

 隠蔽システムに起因する情報の不完全性:隠蔽状態にある敵艦の位置を知ることはできないため、ダメージ収支を正確に見積もることは原理的に不可能です。対策として敵のスポットが第一に考えられますが、敵の配置が未知であっても味方とのリスク均等化(ラインを揃えること)を意識することである程度の不確実性は取り除けます。敵のあらゆる配置に対応できる、位置的に隙のない配置を目指します。

 性能・技量に関する認識のずれ:ダメージ収支を見積もる基準となる艦艇性能と自身の技量についての認識が誤っていれば、結論としての判断も誤ったものになります。予防策は、艦艇性能や自身の技術の限界を把握しておくことです。また、ゲームシステムに由来するこのゲームの特性、つまりは艦艇の配置についての原則を知っておくことで、位置的優位を生み出すことにもつながります。

 2章では、ダメージの量という単純な観点を「撃沈への寄与」に置き換えます。勝利条件が占領あるいは撃沈で定義される以上、ダメージ収支も撃沈を基準にして測定される必要があります。また、被ダメージを被撃沈に繋げない技術であるヘルス管理とは、すなわち立ち回りによって被ダメージに対する負のフィードバックを行うことです。

 3章では砲戦勝敗を決める決定機と、そこに至るまでの攻撃の組み立て方について考えます。攻撃の目的はあくまでも撃沈を奪うことにあり、そして撃沈の奪い方にはパターンがあるというアイデアを強調します。

 4章では、過去に『巡洋艦のダメージ交換論』で解説した交戦距離の概念について、安全距離の半定量的な記述も追加しながら簡単にまとめます。交戦距離とは一対一から多対多までのあらゆる状況に応用できる非常に便利な枠組みであり、発砲判断の軸になります。

 5章では、序盤から中盤までの位置取りについての簡潔な指針となる仮説を立てます。「火力艦は必ず2隻以上の集団で動き、常に攻撃集中の準備をする」という制限は、射線という抽象的な概念を実戦のなかで活用するための枠組みを与えます。

 6章ではまず形勢判断の根拠になるダメージ交換について振り返ったのち、「戦艦射線の重複化」というコンセプトを軸にして実戦的な配置論を組み立てます。「巡洋艦は敵戦艦の頭を取るべき」という経験則に対して、今回の記事では合理的な説明を与えることができました。

 7章では序盤の特殊性について考えたうえで、序盤をしのぐために要求される知識や技術、そして状況判断についてまとめます。序盤は中盤以降とは別物という認識を持っておくだけでも、立ち回りはかなり改善されます。

 各章の内容は独立性が高いため、気になる部分だけ拾うという読み方でも意味は取れると思います。新規性が特に高いのは3章と6章なので、かいつまんで理解したいという方はまずそちらから読まれると便利かもしれません。

 

2. 撃沈への寄与

2.1. 撃沈単位

 以前の『巡洋艦のダメージ交換論』では相対ダメージと呼んでいたもので、与ダメージを敵艦のHPに対する割合で表したものです。

 平均撃沈数は離散的な統計情報であるため分散が大きく、戦闘数が少ない場合は信頼性に欠けます。撃沈単位は公式の戦績指標に取り入れられてはいないものの、戦闘ごとの振り返りに活用することでその戦場における活躍の度合いを客観的に評価できます。ゲーム内の経験値の算出にも、与ダメそのものではなく撃沈単位が使われています。

 試合中の総与ダメージを撃沈単位に換算して表示するmodも導入可能であり、そちらでは”combat effectiveness in the measure of CDS (completely destroyed ship)”、日本語に訳せば「完全に撃沈された艦艇(の数)という尺度で測定した戦闘の有効性」と紹介されています。公式が配布しているMod Stationのcombat interfaceタブにて、”mxMeter”という名称でリストアップされています。

 戦闘終了時にダメージを受けつつも生還した艦艇について、撃沈単位には部分的に計上されますが撃沈数には反映されません。したがって、撃沈単位は(分散を取り除いた真の)平均撃沈数よりも必ず高い値になります。

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図 1 mxMeterの導入方法 (WoWS Mod station)

2.2. 回復速度を上回るダメージ

 戦艦およびTier9、10巡洋艦はHPを回復する消耗品である修理版を搭載しており、敵のHPを削る有効打となりうるのはこの回復速度を上回る与ダメージのみです。戦艦および高Tier巡洋艦を相手にした砲戦では単純なダメージ収支だけでなく、ダメージの速度も重要な要素になります。

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表 1 戦艦・巡洋艦の回復速度

2.3. 災害力の相乗効果

 火災や浸水という災害力は、工作班が準備時間中の敵に対して効率よくダメージを与えることができます。まず一度目の火災や浸水で工作班を切らせてからが勝負になるので、攻撃時間が長いほど、与えられる災害力が高いほど、投射量に対する効率が上昇していきます。巡洋艦2隻によるHE集中砲火や、駆逐の魚雷や雷撃機巡洋艦HEや爆撃機の火災浸水コンボは、災害力の相乗効果で高いHPを持つ敵艦の撃沈に貢献します。

2.4. 瀕死の敵艦の優先度

 射撃時間が無限にあれば、残HPと撃沈への寄与が素直に比例します。反対に、試合終了近くでは打ち切りの影響で残HPと撃沈への寄与が比例関係から乖離していき、階段状の関数になります。序盤では敵艦を削ることがそのまま(遠い)撃沈に結びつきますが、中盤から終盤にかけては敵艦に止めを刺せるかどうかが重要になり、ただHPを削るというだけでは意味がありません。

2.5. 残HPに起因する正のフィードバック

 敵の残HPが少ないほど、撃沈への寄与という観点から与ダメージの価値は上昇します。HPが有限であることに起因して艦艇には被弾するほど狙われやすくなる正のフィードバックが働くため、ヘルス管理のためには負のフィードバックを意図的に組み込む必要があります。例えば引き撃ちも負のフィードバックの一種で、距離を離すことで敵の命中率を落として安全を確保します。

 コミットという概念をかつて『隠蔽距離論」で扱いましたが、これは負のフィードバックが失われた状況にあたります。被発見状態にありながら敵AP弾の脅威によって姿勢を前進方向に固定されている状況では逃げ帰ろうと奥に転舵すると防郭を晒すことになり、かといってこのまま前向きを維持しても撃たれ続けることになります。

2.6. 斉射ダメージを定量的な感覚に落とし込む

 扱う艦艇の分間ダメージについて大まかな数字を知っておけば、敵艦の撃沈可能性を見積もるにあたって非常に便利な情報になります。また、敵に与えた分間ダメージを戦闘中に計算するのは不可能ですが、代わりに斉射ダメージの基準を決めておくことで射撃の有効性をフィードバックしながら立ち回りを考えることができます。例えば分間2万ダメージが目標であるなら、斉射15秒で5000ダメージ、斉射10秒で3300ダメージが目安になります。

 HEの場合は火災の寄与も重要ですが、火災ダメージの見積もりには秒間火災率と敵艦HPだけでなく比例定数となる火災ダメージ効率のデータも必要です。『隠蔽間際の消火判断』で得られた結果から、射撃時間が40秒を超えればおおむね一定値(7%)に収束することが分かっています。例えば秒間火災率3%の艦艇がHP10万の敵を撃ち続けたとき、秒間では0.03 x 100000 x 0.07 = 210ダメージ、分間では12600ダメージを期待できることになります。ただし射撃時間が短い場合、火災ダメージ効率は低下します。

 秒間火災率はHEの砲弾火災率および装填時間と門数、そして主砲命中率から計算します。計算に関するさらなる詳細は『火災の数理モデル』4.4節を参照してください。

warabi99-wows.hatenablog.com

【参考】過去記事・隠蔽間際の消火判断

warabi99-wows.hatenablog.com

 

3. 攻撃の組み立て

3.1. 立ち回りの目的

 立ち回りの大きな目的は撃沈を奪うことであり、つまり発砲が有利になる状況や瞬間的な大ダメージを出せる状況を作り出すことです。瞬間的な大ダメージを生む源は、①防郭への貫通AP弾②魚雷の2種類があります。また、瞬間的ではないものの火災や浸水も大ダメージになりうる潜在能力があります。言い換えると、自艦あるいは味方艦の大口径APや駆逐魚雷が活用できる状況こそ決定機になります。

 また、攻撃機会が限られる敵駆逐艦への攻撃も決定機になり得ます。低HP艦艇である駆逐艦の生存性はもっぱら隠蔽性に依存しているため、視界役となる駆逐艦、そして対駆逐火力とレーダーを併せ持つ巡洋艦が対駆逐砲戦の鍵を握ります。

 自分の扱う艦艇が決定機を直接的に創り出すためにはどのような立ち回りができるか、そして味方艦艇が決定機を捉えるためにどのような間接的な貢献ができるかを突き詰めていけば、攻防いずれの局面でも目的を持って戦うことができます。

3.2. 主導権を握るための攻撃

 攻撃側は敵の弱点を1箇所作ることさえできれば、そこへ攻撃を集中することで決定機を作れます。立ち位置を決める理由は敵の状況にあり、崩しという目的を果たせれば陣形の多少の乱れは許容されます。

 一方で、防御側は相手の狙いに合わせる受動的な立ち回りを要求されます。立ち位置を決める理由は味方の状況にあり、陣形のバランス、味方全体のリスクの均等化が重要なテーマです。

 ただし実戦においてはどちらにも決定機を作れる可能性があるからこそ砲戦が継続するのであって、攻撃側のあまりにも大きな形勢の乱れは攻防の逆転を誘発します。そもそも決定機を作れないほど劣勢が明確である防御側は、砲戦を続ける動機がありません。

3.3. 攻撃の3段階

 攻撃を3段階(展開、打開、破壊)に分けて考えることで、攻撃の目標があくまでも決定機を作ることにあるという原則を強調します。

 展開:敵を有効射程に捉えるまでの移動であり、射撃なしの移動時間です。攻撃時間の減少につながるため、攻撃側にとって展開局面にかかる時間はなるべく短縮したいところです。

 打開:決定機を作り出すまでの崩しの時間です。敵艦を押し下げて陣形を乱したり、決定機を作るうえで重要な場所に味方を前進させたりと、位置取りをめぐる静かな争いが続きます。

 破壊:瞬間的な大ダメージとそれに続く追撃で敵艦の撃沈を狙います。勝敗を決めるポイントであり、立ち回りの最終的な目標になります。大ダメージを与えるイベントを経由せず、災害ダメージでじりじり削った敵をいよいよ仕留めに行くという破壊局面もそれなりにあります。

 打開あるいは破壊の局面からあらかじめ次の攻撃対象を見越しておくことで、展開にかかる時間を減らすことができます。例えば、現在攻撃中である敵艦の撃沈がほとんど確実になった状況では、次に狙う敵との距離や位置関係も意識しながら砲戦を行います。あるいはレーダー巡洋艦の場合、下がりゆく瀕死の敵戦艦を押し撃ちで追撃しながら陣地にレーダー圏を引っ掛けることで、敵駆逐への攻撃および味方駆逐による陣地占領の支援という次の局面との連続性を生み出すことができます。

3.4. ベタ引きのすすめ

 数的劣勢下の砲戦、いわゆる遅滞行動が正当化されるのは、現在あるいは将来的に敵艦を撃沈できる可能性がある場合のみに限られます。防御から攻撃に移れる可能性が低ければ、他のサイドにいる味方と合流して数的不利を解消できる位置まで迅速に戦線を引き下げます。

 

4. 距離の理論

4.1. 交戦距離

 有効射程は主砲の命中が期待できる距離であり、対戦艦10秒、対巡洋艦8秒が大まかな目安です。実戦に先立って距離に換算して頭に入れておき、実戦での感覚や敵艦の機動性と照らし合わせて調整していくのが良さそうです。

 安全距離は、回避が間に合う距離です。安全時間の計算は『交戦距離指標 RngE』にあるTsafeの式を利用して、同格戦艦の着弾時間のデータをみながらひとまずは紙の上で距離感を掴んでいます。判断ミスではない被弾は艦艇の機動性の限界を超えていることが原因なわけですが、性能の限界を正しく認識するためにこのような性能論的指標を個人的に活用しています。

 一対一や多対多などの状況に影響を受けにくい性能である交戦距離を把握しておくことで、撃ち合う前のダメージ収支の予測が正確になります。砲戦のダメージの見積もりに関わる間違いを減らせば、HPの管理に余裕が生まれて立ち回りもかなり楽になります。

 

warabi99-wows.hatenablog.com

【参考】弾道計算サイト

jcw780.github.io

 

5. 2隻セット理論

5.1. 敵に局所数的不利のリスクを突きつける

 戦域全体で数的不利であっても、攻撃の集中を応用すれば局所的な数的有利を作り出せる可能性があります。数的優位に立つ敵の視点で考えてみると、集中攻撃を受けた敵艦は局所的にダメージ収支が負になり、射撃を中止して味方全体の攻撃速度を落とすか、射撃を継続して危険な状況を受け入れるかの難しい二択を迫られます。複数隻で動く利点は、攻撃目標の変更という手間のかからない方法で数的有利を作り出せる可能性があることです。単独1隻で砲戦を行えば性能および技量の差だけを頼りに火力有利を作り出さなければなりません。火力有利を得られる可能性の薄い戦域に艦艇を投資するのは、冒頭で触れた「立ち回りの目標は発砲が有利になる状況」という原則に矛盾します。

5.2. 基本単位は火力艦2隻か3隻

 火力艦3隻を分割すると必ず単独1隻が生まれるため、分割できない基本的な単位は2隻あるいは3隻になります。この基本単位のすべての艦艇が、同じ敵に10秒以内でフォーカスできるように立ち位置を調整します。戦艦は砲旋回と艦旋回が遅いため、連携を組む巡洋艦のほうが注意深く射線を管理する必要があります。

5.3. あくまでも序盤から中盤にかけての理論

 2隻セット理論は、3レーンをすべて火力艦のセットで埋めることが可能なことが前提です。終盤にかけて生存艦艇数が減少するとやむを得ず単独1隻でレーンを埋めなければならない状況が発生するため、多対多ではなく一対一の砲戦が重要になります。数的有利ではなく性能的あるいは技量的有利、そして長距離ではなく近距離の砲戦に戦術の比重が移ります。

 

6. 戦艦射線下の位置的優位

6.1. 展開の先読みを前提としない形勢判断

 立ち回りとは形勢判断という根拠に支えられているため、形勢判断の基準をまず明確にする必要があることは冒頭で説明したとおりです。2章でまず「撃沈への寄与」という大きな枠組みを決めました。しかし、試合開始から終了までの展開をすべて見通したうえで撃沈への寄与を見積もり、そして立ち回りを決めるというのは現実的ではありません。何かしらの仮定を通してこの概念を簡略化する必要があります。形勢判断の根拠という観点から、ここまでの議論を振り返ってみます。

 もっとも単純な書き換えは、現在の瞬間のみの収支を考えることです。過去の『巡洋艦のダメージ交換論』で採用したもので、4章の交戦距離がその流れのうえにあります。今回の記事の目的のひとつは、この粗い近似にいかにして先の展開を取り込むかというところにあります。

 今回の3章で取り上げた「攻撃の組み立て」は、試合展開のなかでも重要な展開のみに絞って考えるという発想に基づくものです。撃沈への寄与が非常に大きくなる決定機を目標にして、そこから逆行して攻撃を組み立て、あるいは敵の攻撃をしのぐという発想です。

 この章では敵の立ち回りのミスに対する反応の速度と強度、つまりどれほど迅速に、どれほど効果的に付け込めるかという観点も加味して形勢を考えていきます。展開を読み切ることを前提とせず目の前で起こる状況への反応を考える点で、上記のものとは決定的に異なります。この意味での形勢を可動性と呼ぶことにします。

 可動性はいずれ具体的な攻撃集中と火力優位に変換されるためのものであり、目先の火力優位よりも優先されるべきものではありません。攻撃の三段階でいえばあくまでも打開局面において火力優位の可能性を見つけ出すための概念であり、すでに火力優位が形成されている破壊局面では即効性に欠けます。

6.2. 戦艦射線の重複化

 戦艦APに期待されるダメージは防郭を貫通した際の最大ダメージ100%に大きく依存しており, 敵の姿勢に応じてダメージの期待値が大きく上下します。姿勢にさほど影響されないHEとは対照的な特徴です。したがって、戦艦APを使いこなすにあたっては敵の防郭に命中弾を出せる可能性を増やすことが鍵を握ります。

 射線の原理において、艦艇の機能はその射線の最大価値で決まります。敵が防郭を晒す可能性が一定であるならば、戦艦APは多くの敵を射線のうちに捉えるほど価値が増加していくことになります。多くの敵に射線を通せば、そのいずれか1隻が隙を見せる可能性も上昇していくためです。

 ただし孤立している敵、つまり現状撃つ相手のいない敵に射線を通すことは、単純に敵の機能艦艇数を増やして数的不利を招くため避けるべきです。先ほどの結論を「味方が撃てる敵に射線を通す」と言い換えると、誤解を招かないかもしれません。

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図 2 孤立している敵 (右図の局面で射線を通していない敵が”孤立している”)

6.3. APによる姿勢の固定

 舷側を撃ち抜かれると大ダメージになるという戦艦APの特性は、敵艦の移動に制約を与えます。押し撃ちから引き撃ち、あるいはその逆を抑制することで、敵艦のコミットを誘発します。あるいは、敵戦艦の移動や転舵を妨げることで、敵戦艦の射界に捉えられる味方艦艇の数を減らすこともできます。敵戦艦の射線を制限する意義については、敵の形勢が5章で説明した「2隻セット理論」や先ほどの「戦艦射線の重複化」に違反するため敵が不利益を被るとさらに言い換えることもできます。

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図 3 転舵で射線を切り替える (転舵のタイミングで敵戦艦砲が刺さる)

6.4. AP射線の決定機

 戦艦射線の決定機とは、敵艦の防郭に貫通弾を通せる状況を指します。決定機は敵のミスから偶然起こることもありますが、形勢を崩すことで敵がやむを得ず舷側を晒す状況を作り上げることもできます。

 陣形高さのズレ:突出した敵艦の側面と前面を捉えて、いずれかが舷側を捉えます。

 進行方向の支配:例えば外周方向に引き撃ちする艦艇が内周側の艦艇に向けて斉射した際に、外周側は舷側を捉えることができます。後述しますが、序盤で事故が起こる原因のひとつでもあります。

 押し引きの切り替え:奥に転舵するタイミングで舷側を晒すことになります。上記2つとは違い、戦艦1隻のみで決定機を作れます。

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図 4 AP射線の決定機

6.5. 射界外への動き

 巡洋艦HEのダメージは敵艦の姿勢に依存しないため、巡洋艦は射線を1本通せば十分であるとする「射線1本ルール」がよく当てはまります。一方で「敵戦艦の頭を取れ」という経験則があるように、戦艦射線の特性から巡洋艦の立ち位置にも射線の数のみでは判断できない優劣が生まれます。

 巡洋艦が現在味方戦艦と撃ち合いをしている敵戦艦の射界外へ潜り込んだとき、敵戦艦は艦あるいは砲を回して巡洋艦を撃つか、あるいは放置して現在の目標を撃ち続けるかの二択を迫られます。

 前者の場合、射撃準備の砲旋回が実質的な敵弾接近警報になるうえ、戦艦射線の存在下では舷側を撃ち抜かれる大きなリスクを伴います。また、巡洋艦を追いかけることでもう一方の戦艦に射線が通らなくなり、味方戦艦が敵戦艦の行動を一方的に制限できるうえ味方戦艦は行動の制約から解放されます。敵戦艦は形勢を損ねる要因の多重苦を背負い込むことになります。

 後者の選択でも、敵戦艦の射界に捉えられていない巡洋艦はノーリスクで射撃ができるため形勢は有利になります。この場合も、敵戦艦が「戦艦射線の重複化」というルールに違反しています。

 この形勢差の起源は射線の重複化に対する2つの艦種の特性の差異に由来しています。射線を複数通すことで機能が増すという特性をもつ戦艦は砲機動性で劣り、射線1本さえ通せばよいという巡洋艦の砲機動性の高さによって付け込まれています。

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図 5 射界外への動き

6.6. 5レーン理論の見直し

 制圧戦は3陣地制あるいは4陣地制で行われますが、4陣地制ではそのうち2つの陣地が必ず縦に並ぶため、いずれのルールでも陣地に絡むレーンは3つに絞れます。このレーンの境界線を独立させて内周レーンと呼んだのが、これまでの5レーンの根拠でした。

 艦艇、とりわけ戦艦が針路を外向きから内向き(あるいはその逆)に変更する際には、艦または砲の旋回に1分以上の時間を消費します。時間の問題に加えて敵APから姿勢の固定を受けると、内周レーンに位置を取る艦艇は外周か中央のいずれかに射線を通すのが難しくなります。可動性が失われた結果として、内周レーンは外周寄りと中央寄りの2つに分裂します。

 艦艇の位置だけを基準にしてミニマップに線引きすれば5つのレーンが生まれますが、艦艇の砲戦舷や姿勢を考慮すれば陣地3つのレーンをさらに2(外側・内側)あるいは3(外側・中央・内側)に区切るほうが良さそうです。

 

7. 序盤

7.1. 序盤の特徴

 艦艇の展開が初期配置の影響を強く受けます。初期配置は敵と味方で対称的であり、かつ艦艇速度は有限なので、敵艦の最大進出範囲を大まかに予測することができます。選択肢が比較的少なく、駆逐が陣地に進入するルート、レーダー艦がつく島、火力艦の配置にはある程度の傾向があります。

 火力艦の展開は戦場外向きの移動がほとんどです。とりわけマップ端近くでは、陣形の幅を取ろうとする巡洋艦うしの外周争奪戦が頻発します。また、戦艦にとっては外向きに移動する敵艦の舷側を撃ち抜くチャンスがあります。

 敵艦の具体的な配置は初回のスポットを待つことになります。空母ありの戦場では開始1分程度で判明することが多いですが、空母なしでは駆逐の進出を待たなければなりません。敵の場所が見えないまま自艦の置き場所を探すのは、空母なし序盤戦の独特な技術です。

 序盤は火力艦の数が非常に多いため極端な集中砲火が起こりやすく、位置取りや防御姿勢のミスは容易に撃沈に結びつくという過酷な状況です。中盤以降に比べて、立ち回りは安全重視で保守的なものになりがちです。また、偏差の精度という意味での技量差が発揮されづらく、数的優位や位置的優位がものを言います。

 序盤は戦力が均衡していて、占領状態もフラットです。対照的に、中盤以降は形勢に優劣がある状況下での立ち回りも要求されます。

 ここまでに説明した序盤の特徴が満たされなくなったときが、中盤の開始にあたります。①十分な時間が経過して艦艇の展開が初期配置の影響から離れたとき、②敵艦の位置がおおむねすべて判明したとき、③火力艦の数が減少したとき、④形勢に差がついたとき、この4条件が中盤戦に移行する条件です。

7.2. 安全重視の序盤

 序盤の被ダメージはHPの20%が目安です。修理班があれば回復1回分を見込んで34%となります。HPの20%という制限はかなり厳しく、例えばTier8巡洋艦の4万程度のHPでは8000ダメージが上限になります。同格戦艦砲の貫通2発でアウトです。一方で、Tier10巡洋艦の5万程度のHPでは34%の17000ダメージまで許容されます。同格戦艦砲の防郭1発を受けてもなお余裕があります。

 戦艦と対等な一対一の砲戦をするのは厳しく、そもそも敵戦艦に撃たれないか、回避が間に合うか、撃たれる前に隠蔽へ逃げるかなどの工夫が必要です。また、与ダメージの速度と回復速度の差し引きを考えれば、敵戦艦をたった1隻のHEで削るというのはかなり非効率的です。

ただし被ダメージの上限が厳しいのは敵も同様なので、序盤ではとにかく安全を重視して、ダメージの収支に忠実に立ち回れば十分です。被ダメージの制約を守れば序盤で何もしないという状況になることも多いですが、そもそも序盤は与ダメージに期待しないほうが精神衛生によいです。違いを出すのは中盤以降です。

7.3. 空母ありの最序盤

 空母なし序盤では被発見のリスクが敵駆逐のスポットに限られるため、お互いの駆逐艦がまだ展開していない最序盤に攻撃を受ける危険性はほぼありません。一方で、空母あり戦場は最序盤から敵艦載機のスポット、そして航空攻撃および敵戦艦の長距離砲撃の十字砲火を受けるリスクがあります。この傾向は戦艦の有効射程が劇的に延びるTier10戦場で顕著であり、最序盤といっても航空発見を受ける場合には航空攻撃と敵戦艦の砲撃を同時に受けても回避が間に合うような姿勢を事前に準備しておくべきです。少なくとも敵に向かって頭から突っ込むような姿勢で航空攻撃を受けるべきではありません。

 

8. 結論にかえて:戦術論のゲームシステム的基礎づけ

 果たして本当に「巡洋艦は外周に張る」べきなのでしょうか?まず今回の記事の大きなテーマである「射界外への動き」をもとに考えるなら、巡洋艦が外周に張るべきなのは敵戦艦が内周レーンにあり、かつ外側へ向かって押し撃ち中の局面であることになります。さらに、味方戦艦が敵戦艦を撃てる状況でなければなりません。ここまでの議論だけでも、味方戦艦がいない状況であれば外周を取るべきかどうかははっきりしません。ちゃぶ台をひっくり返すようですが、敵4隻に対して味方が自分1隻のみという極端な数的劣勢の下ではそもそも砲戦すら成立せず、撤退の一手になります。ここまでとある格言が成り立つ条件について考えていたわけですが、経験則や格言そのものはそれ自身の限界を教えてくれません。適用できる状況、そして適用できない状況を教えてくれるのは、間違いなくもっと深いところにある、ゲームの基礎的な構造に関する知識なのです。

 立ち回りの経験則をこのゲームのルールとゲームシステムに落とし込んで理解すること、これが私の目指す戦術論の到達点です。プレイヤーのいかなる努力によっても覆らない「ゲームの外枠」に足場を組むことで、すべてのプレイヤーが理解できる観点から立ち回りの良し悪しを論じることができるようになります。また、例えば「外周を取るべき」と「数的不利なら退くべき」というふたつの原則が矛盾する状況においてどちらが優先されるのかという判断を下すために、ゲームシステムに根ざした原則論はやはり必須な道具立てです。いかなるプレースタイルであろうが、いかなるアイデアを持っていようが、ゲームシステムはプレイヤーの努力で書き換えることはできず、その影響から逃れることは本質的に不可能なのです。

 今回の記事では「可動性」という概念を新たに導入しましたが、目前の火力優勢には優先度で劣るという原則としての限界もダメージ交換論の範疇で語ることができます。ゲームシステムという基礎づけのもとでの戦術論はひどく具体性を欠いていて遠回りな議論に思えますが、出発点が基礎的であればあるほどその守備範囲は広く、さらに結論の限界に自覚であるという美点は立ち回りを練り直す際の強力な支えになります。固定観念から脱却して戦術論をより身軽に、実戦をより即興的かつ創発的なものに発展させるうえで、戦術の言語化とそれに続くミクロな基礎づけは実用的なアプローチであることを確信しています。

 蛇足ですが、ゲームシステムに基づくシンプルなゲーム理解を謳っているはずなのに、記事がこんなに長いのは最大の自己矛盾であるような気がしています。

 本文の構成や誤字・脱字のチェックについて、今回の記事でもりばっくすさんにご協力いただきました。ありがとうございました。

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隠蔽間際の消火判断

概要

隠蔽間際の火災ダメージ、そして工作班の使用基準について理論計算をもとに考察しました。敵艦に撃たれ続ける場合は1火災での消火が有利な一方で、隠蔽が間近な場合は2火災での消火、あるいは放置が有利になります。

 

 

1. 「火災の数理モデル」で取り残した話題

 昨年(2020年)の5月に発表した「火災の数理モデル」では火災に関してさまざまな話題を取り上げましたが、なかでも工作班の使用基準についての議論は反響が大きかったように感じています。一方で、計算の簡略化のために導入した仮定は必ずしも現実を反映していませんでした。例えば「定常状態近似」とは敵艦に撃たれ続けるという仮定ですが、はたして実戦の環境をどのくらい反映しているのか疑問が残ります。今回の記事では「火災の数理モデル」を補完するべく、短時間しか射撃を受けない場合、つまり隠蔽間際の工作班基準に焦点を当てます。

2. 隠蔽間際の消火判断

2.1. 火災1か所は放置が有利

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Figure 1 隠蔽間際の火災ダメージ

 以上のグラフが計算結果になります。まずは用語や読み方について説明します。
 グラフの表題に示すのは、秒間火災率と艦長スキル「防火」の有無です。巡洋艦1隻の射撃がおおむね秒間火災率3%に相当します。
 横軸の射撃時間とはそのまま敵艦の射撃に曝される時間のことですが、実戦への応用を考えるにあたっては以下の式を参考にするとよいでしょう。
射撃時間 = 隠蔽までの時間 + 敵弾の着弾時間 – 工作班効果時間
 隠蔽までの時間は最大で20秒、敵弾の着弾時間は長くても15秒、そして工作班効果時間は国籍に応じて決まり10~20秒です。したがって、グラフ中の射撃時間は0~15秒が重要な領域になります。
 縦軸は火災ダメージの期待値を表しますが、HPの割合をパーセントで示してあることに注意してください。この火災ダメージを最小化する工作班判断の基準を探るのが、本記事の目的になります。
 巡洋艦1隻の秒間火災率がおよそ3%という数字を頭に入れつつ、グラフを見てみましょう。線の色は工作班使用基準の違いを反映しています。ただし赤の点線は比較対象として、工作班が準備時間に入った直後という最悪の状況を計算しています。
 低めの火災率から順に見ていくと、秒間2%では射撃時間にかかわらず1火災消火が有利です。ただし、30秒以下での違いは明らかではありません。秒間4%は2火災消火が有利になります。また、秒間6%という過酷な条件では、僅かながら30秒以下の領域で2火災消火よりも無条件の火災放置が有利になっています。
 隠蔽間際の工作班判断について言えば、火災1か所は放置がベターということになります。「火災の数理モデル」とは正反対の結論になりました。

2.2. 工作班使用基準の使い分けは?

 「火災の数理モデル」では、敵艦に撃たれ続けるという仮定のもと計算を行っていました。射撃時間が非常に長い状況では、工作班の使用回数をできるだけ多くすることが火災ダメージの最小化につながります。したがって、火災が1か所発生した時点ですぐさま工作班を使い、2か所目を待たないのがベターな選択です。この状況で火災1か所を漫然と放置するべきではありません。
 対照的に、今回のモデルは射撃時間が短い場合を扱っています。工作班を使用したあとに火災が発生した場合は、火災時間のぶんダメージを受け続ける羽目になります。この最悪の場合に比べれば、射撃時間の終了まで火災を放置して工作班を温存したほうがマシだろうという判断です。
 さらに言えば、工作班の判断は発砲の判断と深く結びついています。例えば自艦のHPに余裕があり撃ち続けることを選択する場合は、工作班も火災1か所で使うことになります。一方で、現状撃沈されるおそれはないがフルタイムの火災を受けると生存が厳しくなるというような瀬戸際にある場合、火災2か所で工作班を使い隠蔽に戻り、1か所では放置するといった選択になります。もちろん、火災1か所で工作班を使うと同時に隠蔽へ逃げるという選択もできます。こちらはさらに安全を重視した基準になります。
 駆逐艦の雷撃や航空攻撃による火災・浸水の可能性によっても、工作班の使用基準は劇的に変化します。不確実性の高い状況のもとでは、火災1か所を放置するというリスク回避的な判断が有力になることは否定できません。ただし、この話題は工作班の使用基準のみで語るには深すぎて、むしろ発砲判断や情報収集能力の問題になります。

2.2.1. 火災による発見距離延長で発見されている場合

 火災による発見距離延長で発見されており、かつ敵から着弾時間が工作班効果時間を上回る長距離砲撃を受けた場合は、特別なリスクが発生します。例えば工作班効果時間が10秒である日本戦艦が着弾12秒の攻撃を受けた場合、工作班で消火した瞬間は隠蔽に戻れますが、その瞬間に発射された敵弾は工作班の効果が切れてから2秒後に着弾します。もしこの隙間の時間で火災が発生した場合、工作班を使用した直後という最悪の状態で再び発見されて敵艦の射撃に曝されることになります。
 アップグレードAスロットの「応急工作班改良1」は、工作班の効果時間を+40%する効果があります。先ほど説明したような長距離砲撃に対して隙を見せないという点では、工作班効果時間が素で20秒と十分に長い米戦よりも、むしろその他の戦艦において真価を発揮するのかもしれません。

2.3. 巡洋艦の視点から

 射撃艦からすると、投射した火災力のうちどの程度が実際の火災ダメージに結びつくのかが気になります。「火災の数理モデル」では、火災ダメージを火災率で割ったものを火災ダメージ効率と呼びました。先ほどのグラフの縦軸を火災ダメージ効率で振り直したものを以下に示します。参考までに、「火災の数理モデル」では火災ダメージ効率を4.0%HPと推定していました。敵艦を撃ち続けた場合には、この4.0%HPという数字に収束すると考えてよいでしょう。
 工作班準備中の火災ダメージ効率は最大で18%HPと極めて高い値を示します。火災発生が100%ダメージに結びつく場合、火災ダメージの0.3%HP/secに火災継続時間の60 secを乗算した18%HPが火災発生1回ごとに入ります。射撃時間が伸びると値が徐々に低下していくのは、すでに火災がある部位には追加の火災発生判定がなされないことに起因します。火災が火災に打ち消されるといったような現象です。
 工作班が使用可能な状態では、秒間火災率ごとに挙動が異なります。秒間2%では射撃時間40秒、秒間4%および6%では射撃時間20秒程度でさきほど説明した4%HPの水準に達します。また、射撃時間が長くなると火災ダメージ効率は4%よりも高い水準に漸近します。「火災の数理モデル」は長時間撃たれ続けた場合の計算なのにもかかわらず、今回のこの漸近的振る舞いと食い違っているように思えます。この差異については、今回の計算では工作班の有効時間を考慮していないことが原因です。工作班有効時間が15秒である場合、効率4%HPに到達するまでに秒間火災率4%のもと30秒弱かかります。

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Figure 2 隠蔽間際の火災ダメージ効率

2.4. 【補遺】巡洋艦の秒間火災率

 繰り返しになりますが、下図に示すように巡洋艦1隻に撃たれる状況の秒間火災率はおおむね2.5 ~ 3.5%に相当します。ただし、この表はIFHEや各種信号旗・艦長スキルの影響を考慮していません。

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Table 1 巡洋艦の秒間火災率の実例

 

交戦距離指標 RngE

概要

 交戦距離指標RngEとは, 巡洋艦の主砲弾速と機動性を統合した性能指標です. 高い弾速は自身の有効射程を伸ばし, 優れた機動性は敵艦の有効射程を縮めます. 本指標は2つの性能を併せて考慮することで交戦距離の優位, つまり敵艦に対して一方的に撃ち勝てる距離を作り出す能力を評価します.

秒数ベースの交戦距離論

 主砲の有効射程は自身の主砲弾速だけではなく, 敵艦の回避性能にも影響を受けます. 回避に必要な最低限の時間を安全時間と呼ぶことにして回避性能を単純化すると, 交戦距離は自艦の主砲が敵艦の安全時間と同じ秒数で着弾する距離として決まります. しかしこの方法には2つの課題があり, 第一に安全時間を見積もる方法, 第二に艦艇の組み合わせ数の爆発です. とくに後者に関して, 艦艇が10種類あればその組み合わせは100種類にも及ぶため非常に煩雑です.

安全時間の見積もり

 安全距離とは, 転舵によって垂直方向の到達位置を100mずらすために要する時間として決めます. 計算にあたっては, 回避の性能論的指標(PCL)で述べたクロソイド曲線近似を適用しました. 100mという数字は恣意的なもので, 対巡洋艦では着弾8秒が命中の限界になるという経験則から数字を合わせました.

交戦距離指標RngE

 交戦距離とは本来なら艦艇の組み合わせに対して計算されるものですが, 単純な指標に落とし込むためにここでは艦艇ごとに着弾時間(15 km)と安全時間(上述)を乗算したものを考えます. 着弾時間, 安全時間はともに短いほど優秀なため, この指標が低値であるほど交戦距離の優位があります.

RngEの算出

\displaystyle{PCL = 7.21137316 \times \frac{speed[kt] ^ 2}{ R _ {turn}[m] * T _ {rudder}[sec]}}
\displaystyle{T _ {safe} = \sqrt[3]{\frac{6 \times 100}{PCL}}}
\displaystyle{RngE = \frac{FT15}{15} \times PCL}
\displaystyle{pRngE = (1 - \log_{10} RngE) \times 36}

 数式についての細かい事項を列挙します. FT15とは15km着弾時間です. 15km地点のものを選んでいる理由は, 巡洋艦の常用的な交戦距離に近いためです. RngEでFT15を15で割っているのは, 着弾時間の基準距離しだいでRngEの値が極端に変わってしまうことを防ぐためです.
 RngEの対数を取り符号を反転させたものがpRngEです. 対数を取ることでUGと消耗品の影響を乗算ではなく加算で考えることができ, さらに符号を反転すると値が大きいほど交戦距離の優位があるということで直感的に分かりやすくなります. 乗数の36に深い意味はなく, UGと消耗品の影響がキリのよい数字になるよう決めました.

Tier8~10巡洋艦のRngE

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Table 2 Tier8~10巡洋艦のpRngE

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Table 3 Tier10戦艦のpRngE

対巡で交戦距離の優位を握る巡洋艦

 pRngEの高い艦艇はソ巡, 伊巡に多く見られます. Tier8のAmalfiがTier10巡洋艦さえ凌ぐpRngEを持つというのはなかなか面白い結果です. Tier10ではZao, Petropavlovsk, Moskva, Nevsky, Veneziaが12以上の数字を出しています. Zao, Nevsky,Veneziaは巡洋艦との撃ち合いに強い艦艇なので納得ですが, PetropavlovskとMoskvaのようなソ重巡はHEの投射量が少ないためHE砲戦で優位を取るイメージがあまり湧きません. どちらかといえば有効射程の長いAPで重い一撃を狙うといった立ち回りがメインでしょう.
 pRngEの差1がおおむね交戦距離1kmの優位に相当します. pRngEの差が1以内の艦艇どうしの撃ち合いでは, 交戦距離の明確な優劣がつかない不毛な砲戦になりがちな印象があります. 個人的な例ですが, Chapayev(9.32)でMainz(9.17)と撃ち合うと痛み分けの結果になりやすくあまり面白くありません. この2つの艦艇は対巡DPMも非常に近いため, どの距離でも砲戦で優劣がつきません. Tier10における同様の例にはNevsky(13.02)とZao(13.40)があります.

対戦艦で交戦距離が埋没する巡洋艦

 Tier10の巡洋艦と戦艦のRngEを比較すると, 全体的に巡洋艦が交戦距離の優位を握っていることが見て取れます. 以前から述べているような, 巡洋艦は戦艦に対して一方的に撃ち勝てる距離が存在するという主張は大部分の艦艇で成立します.
 しかし, Tier10戦艦のpRngEがおおむね7程度であることを鑑みれば, pRngEが7未満のPlymouth(6.95)やMinotaur(6.93)は対戦艦の有利な間合いがほとんど存在しないことになります. したがって, 開けた海域での1vs1は避けつつ島影や煙幕を利用して一方的に撃てる状況を作り出すのが立ち回りの軸になります.
 上述の例はさすがに極端ですが, 撃ち合うだけ不利な相手を知っておくことは実戦で1vs1の勝率を上げる助けになるはずです. 艦艇性能による優劣は, プレイヤーの努力の外にあるものです.

UGと消耗品の影響

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Table 1 転舵と消耗品の影響

 仏巡のエンジンブーストは速度+20%という強烈な効果で, 回避性能に大きく貢献します. 優れた最大速度といえば戦略・戦術上で有利な位置を取りやすくなるという利点が強調されがちですが, 転舵回避での利点も見逃せません.
 4スロUGの転舵-40%が非常に強力な効果であることが分かりますが, いくらか差し引いて評価しなければなりません. 大抵の艦艇は転舵-20%を搭載しているため, その差を取ってpRngE+1.50とするのが適切な評価です.
 推力UGによる加速の改善が評価できないのはRngEの欠点のひとつで, 安全時間の見積もりに利用したPCLが転舵による回避のみしか反映していないことが原因です. ただし, 指標に表れないからといって推力UGを軽視するのは早計です. 個人的には転舵重ね掛けよりも推力転舵を推奨します. 推力UGによって加減速を転舵回避の補助として使えるようになると, 2回目以降の回避の選択肢が増えます.
 転舵および推力UGの数値的な評価については不透明な点が多いことをご了承ください.

数的均衡を破る質的優位

 砲戦で優位に立つためのもっとも単純な方法は数的優位を取ることですが, このゲームは戦闘が同数で始まるので数の力に頼り切ることはできません. 数的劣位を覆すことはできないとしても, 数的均衡を破ることは戦術上の最低限の必要事項です.
 性能の差異から導かれる1vs1の質的優位を起点にして数的均衡を破るという考え方は, 基本に根ざしたとても強力なものです. 今回の指標RngEは交戦距離の優位に着目しており, 実戦ではHE砲戦の状況によく対応します. 他方で, APには貫通力の距離依存性や敵姿勢依存性に起因する独特な性質があるため, 必ずしも交戦距離の理論のみでは説明しきれません.
 HE砲戦の質的優位に関する考察は, 今回の指標でおおむね結論を出せました. 今後はAPの機能に軸足を移しながら, 数的優位でも質的優位でもない第3の優位, 位置的優位について理解を深めたいと考えています.

回避の性能論的指標

自動車のハンドル操作と艦艇の転舵

 自動車が一定の速度を維持しながら一定のペース(角速度)でハンドルを切り続けたとき, 自動車の軌跡は円弧にはならずクロソイド曲線という幾何学的な曲線で表されます. このクロソイド曲線は高速道路や線路, 変わったところではジェットコースターの設計にも応用されています.
 もしカーブの設計で直線と円弧を直結してしまうと, カーブに入った瞬間ドライバーは急激なハンドル操作を要求されます. 遠心力も不連続になるので, 安全的にも経済的にもよくありません. 直線と円弧をなめらかに接続するための曲線は緩和曲線と総称されていて, クロソイド曲線のほかにも3次放物線(鉄道), 正弦半波長逓減曲線(新幹線)など様々なものが考案されています.
 攻撃性能ではDPM(分間ダメージ), DPS(斉射ダメージ), 着弾時間など様々な性能論的指標が存在しますが, 回避性能の評価はあまり進んでいません. 今回の記事ではクロソイド曲線を手がかりにしながら, 最大速度, 旋回半径, 転舵時間という3つのパラメータを統合した指標を提案します.

即座の転舵が重要

 シミュレーションでは, ①転舵中も艦艇は等速である, ②転舵の途中では曲率半径と時間が反比例の関係にある, この2点の仮定を導入しています. 仮定②が分かりづらいので説明すると, 曲率半径というのはその瞬間の旋回半径のようなものです. 転舵中は旋回半径が時間変化するので, ちょっとややこしい言い方になっています. また, 転舵時間が経過して舵が限界まで切れてしまうと, 艦艇は旋回半径に従って円の軌跡を描きます.
 例として, 推力転舵Chapayevの場合を示します.

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Fig. 1 推力転舵Chapayevの軌跡(黒: 左転舵, 青: 直進. 点は1秒ごと.)

 転舵は針路の垂直方向にしか変位を作ることができず, この点で加減速と対照的です. また, 変位は時間の3乗に比例するため(後述), とにかく撃たれてすぐに舵を切るのが大事です. 敵弾接近警報の有用性がよくわかります. 図中でも時間の経過に応じて変位が急激に変化していることが見て取れます. 今回は推力転舵Chapayevを例にとりましたが, 定性的な傾向はすべての艦艇に共通するものです. 

巡洋艦の回避性能の比較

 クロソイド曲線による近似を応用して, 転舵による回避性能を艦艇の性能パラメータで表現することができます. 計算の説明は後回しにして, まずデータを眺めてみましょう.
 Fig. 2にTier10巡洋艦の実例を示します. 明らかに回避性能に秀でているのはSmolenskとZaoの2隻. 転舵が優勢な右下のグループにはDes Moines, Minotaur, Worcesterなど小回りのきく艦艇が並びます. 加減速が優勢な左上のグループにはVenezia, Henri IVなど強力な機関出力に裏打ちされた高速な巡洋艦が揃います. 左下には大型巡洋艦やGoliathが並び, 回避性能では劣るものの継戦能力で優れる艦艇群です.
 Fig. 3にはTier8巡洋艦のものを示します. 左下に艦艇名が重複していて読みづらくなっていますが, あまりにも多数の艦艇がこの領域に集中しているため諦めました. 個々の艦艇に着目してみれば, Wichitaの群を抜いた転舵性能が目立ちます. MogamiとAtagoを比較したとき, 純粋な機動による回避では前者が勝りますが, 実戦の感覚としてAtagoが劣っている気があまりしないのは被弾時の戦艦砲跳弾可能性と修理班のおかげでしょう. 回避性能と耐久性能は混同されやすい概念です. また, 全体を眺めればTier10巡洋艦と比較して転舵の回避性能が高めです. 

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Fig. 2 Tier10巡洋艦の回避指標

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Fig. 3 Tier8巡洋艦の回避指標

回避性能の計算式

 \displaystyle{PCL=\frac{v^2}{RT}}
 \displaystyle{FP=\frac{P}{mv}}

 転舵の指標PCLは, 転舵開始直後の(針路に対する)垂直変位を表します. また, 加減速の指標FPは減速開始直後の水平変位を表します. vは最大速度, Rは旋回半径, Tは転舵時間, Pは機関出力, m排水量です. FPは最大速における質量あたりの機関推力を表しますが, 力の釣り合いを考えると(質量あたりの)最大抗力にもなるので減速を支配するパラメータでもあります.
 計算にあたってはすべての係数をSI単位に換算して用いています.

【補遺】PCLの理論と導出

2つの仮定

 ①転舵中も艦艇は等速である, ②転舵の途中では曲率半径と時間が反比例の関係にある, この2仮定から艦艇の軌跡はクロソイド曲線で表せます. 仮定を批判的に検討すると, ①転舵時には直進時の8割ほどの速度に低下する, ②舵が限界まで切れるとクロソイド曲線ではなく円弧になる, といったように, 実際の挙動のすべてを反映しているわけではなく簡略化されたモデルです.

クロソイドパラメータの算出と無次元化

 クロソイド曲線では原点からの曲線長Lと曲率半径Rが反比例の関係になり, 両者の積の平方根はクロソイドパラメータと呼ばれます(A^2=RL). 今回は2つのパラメータそれぞれが時間の関数になり, 以下のように表されます. ここで, 混同を避けるためにこれまで旋回半径 Rと呼んでいたものを R _ {min}と表記しています.

 L(t)=vt
\displaystyle{R(t)=\frac{R _ {min} T}t}

 2つとも長さの次元を持ちますが, これをクロソイドパラメータA=\sqrt{vR _ {min} T}で割ることで無次元化します. 無次元化されたパラメータを小文字の l,rで表します. 式で書けば以下のようになります.

\displaystyle{l(t)=\sqrt{\frac{v}{R _ {min} T}} t \cdots(1)}

無次元化されたクロソイド曲線の媒介変数表示

 無次元化されたクロソイド曲線は以下のように媒介変数表示できることが知られています.

\displaystyle{x(l)=\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \cdots(2a)}
\displaystyle{y(l)=\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \cdots(2b)}

マクローリン展開を用いた近似

 三角関数マクローリン展開から, (2a), (2b)を計算していきます.

\displaystyle{cos\theta=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{2i}}{(2i)!}}
\displaystyle{cos\frac{\theta^2}{2}=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{4i}}{2^{2i}(2i)!}}
\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i}(2i)!}\int _ 0^l \theta^{4i}d\theta}
\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i}(4i+1)(2i)!} \theta^{4l+1} \cdots(3a)}
 
\displaystyle{sin\theta=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{2i+1}}{(2i+1)!}}
\displaystyle{sin\frac{\theta^2}{2}=\sum _ {i=0}^{\infty}(-1)^{i}\frac{\theta^{4i+2}}{2^{2i+1}(2i+1)!}}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i+1}(2i+1)!}\int _ 0^l \theta^{4i+2}d\theta}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta = \sum _ {i=0}^{\infty} \frac{(-1)^i}{2^{2i+1}(4i+3)(2i+1)!} \theta^{4l+3} \cdots(3b)}

 無限和と積分の交換を行いましたが, 厳密な議論を行う際には注意が必要な操作です. ここでは深入りしません.
 具体的に最初の4項を書き下します.

\displaystyle{\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq l - \frac{l^5}{40} + \frac{l^9}{3456} - \frac{l^{13}}{599040} + \cdots}
\displaystyle{\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq \frac{l^3}{6} - \frac{l^7}{336} + \frac{l^{11}}{42240} - \frac{l^{15}}{9676800} + \cdots}

変位の計算

 tが十分に小さいこと, つまりlが十分に小さいことを仮定して, (3a), (3b)それぞれからlの最低次の項のみ残します.

\displaystyle{x(l)=\int _ {0}^l cos\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq l}
\displaystyle{y(l)=\int _ {0}^l sin\frac{\theta^2}{2}d\theta \fallingdotseq \frac{l^{3}}{6}}

 l(1)を代入します.

\displaystyle{x(t) \fallingdotseq \sqrt{\frac{v}{R _ {min}T}} \cdot t}
\displaystyle{y(t) \fallingdotseq \frac{1}{6} {\sqrt{\frac{v}{R _ {min}T}}}^3 \cdot t^3}

 クロソイドパラメータA=\sqrt{vR _ {min} T}を掛けて, 次元を戻します.

\displaystyle{X(t) \fallingdotseq vt}
\displaystyle{Y(t) \fallingdotseq \frac{v^2}{6R _ {min}T} t^3}

 Y(t)から性能とは無関係な部分\frac{1}{6}t^3を除いたものが, PCLです.